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2012年06月19日 (05:43)

再考:同一性と差異:小我(自然円)と大我(超越円)に関係させて

• 同一性と差異:無双原理を包摂したPS哲科学の視点から (06/18)
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1830.html

• 超越界とガウス平面:自我と自然:超越円と自然円 (06/17)
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1829.html

以上の考察以前においては、超越軸、超越界、超越円抜きのガウス平面で、同一性と差異について考察してきたが、上記の状況は新たな緻密な考察を要求しているので、考察を深めたい。
ガウス平面/オイラーの公式に基づくPS理論において、同一性と差異についての考察はそれなりに明快・明解であった。それを簡単に復習しよう。
それは、自我である凸iが差異・他者である凹iを否定するというのが同一性主義であり、差異・他者の凹iを肯定することで、凸iと凹iの差異共振が生じるというものである。
これは実に簡潔明快であるが、超越軸・超越界・超越円を導入すると、新たな思考が必要になるのである。
議論を明快にするために、小我(自然円)と大我(超越円)の視点から述べたい。
結局、問題は、大我がどう小我に関係するかということである。思うに、人間においては、当然、大我が小我に浸透している。しかしながら、人間は、小我において、自我性ないしは物質性に傾斜している。(微妙な点であるが、いちおう、そのような発想で議論を進める。)
これは、父権主義と母権主義の違いの点でもある。
父権主義とは、大我の「太陽」の傾斜によって形成されたと思われる。それは、小我の小陽に傾斜すると考えられる。言い換えると、同一性主義である。
母権主義とは、反対に、大我の「太陰」の傾斜によって形成されたと思われる。それは、小我の小陰に傾斜すると考えられる。それは、差異主義(個主義)である。
いちばんの問題は、父権主義である。大我の「太陽」と小我の小陽が結合している状態である。
 これは、いわば、究極的な同一性主義、同一性中心主義、同一性絶対主義である。
これは、差異を当然否定するのである。そして、差異を自己の同一性へと取り込むのである。
この帰結が近代合理主義、近代的自我、唯物論と言えよう。そして、この事象・事態をPS哲科学では、連続性と呼ぶのである。
それに対して、不連続性とは、連続的同一性を否定し、抑圧された太陰、小陰である差異を積極的に肯定することである。これは、同時に、同一性と差異との差異共振を意味し、母権主義ということである。
以上から、母権主義とは多元主義であり、父権主義とは一元主義であることが判明した。換言すると、前者は多神教であり、後者は一神教である。
そして、文明的問題は、父権主義が主導したとき、差異主義・多元主義・母権主義・多神教が父権主義へと連続化されることである。後者による究極的様態においては、前者のまったき否定となるが、一般的には、両者が未分化的に揺れ動いていると考えられる。
そして、この揺動は、未分化であり、二元論である。また、絶対的矛盾である。
この、いわば、分裂的二重性はカオスであり、本来、超克すべきものである。そして、この超克とは、不連続性の積極的肯定に拠ると考えられるのである。脱連続性である。
このとき、源泉の太極は、自然円的に、太極陰陽性を真に実現したことになる。父権的傾斜を超克した真母権的太極陰陽性を実現したと言えよう。
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