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2013年02月18日 (21:06)

陰=魂(肚)と陽=自我(頭)をつなぐ身体意識(理性):無双陰陽原理は陰陽身体三元論へ進化する

テーマ:無双陰陽原理/トランス・サイエンス

先に、食事哲学について触れた(世界の謎:食事哲学:地球生活の謎:身体と意識:ポスト唯物論としての逆ルネサンス http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11472263858.html)が、陰と陽を調和させるものは身体理性ではないかと思う。
 魂と自我の二元論がある。ロマン主義と物質主義である。
 一方は超越性を志向し、他方は現実性を志向する。
 魂=陰は身体を住処とし、自我=陽は物質的身体を維持する。だから、両者に身体は共通である。
 そう、魂―身体―自我の三元論があるだろう。無双陰陽原理は、陰陽の媒介として、MP(Media Point)を説くが、それは理念的である。
 しかし、身体ないし身体意識(身体理性)を置くと、明快明確になるだろう。MPだけでは、抽象的である。

 身体を住処とする魂は、魂の欲望を追求する。そして、物質的身体を維持する自我は、その欲望を満たす。

 しかし、魂の欲望は無限であり、自我の欲望もそれなりに無限である。陰=闇の無限と陽=光の無限である。そして、この衝突がある。二元論的衝突である。

 この調和を私は陰をベースに求めた。しかし、それでは、陰の無限に惹かれて、陽が犠牲になるのである。現実性=物質性が阻害されるのである

 この不均衡を解消するのが、身体意識(身体理性)である。

 これは、一方の極に陰=魂=肚をもち、他方の極に陽=自我=頭をもつ。そして、前者に健全に裨益しようとするなら、この身体意識(ないし身体感性)に基づく必要がある。

 ここで、食事哲学がキーポイントとなるのである。食事は気的食品によって、身体を介して、魂に裨益するのである。同時に、当然、食事は物質的身体を保持するのである。

 食事哲学によって、また、身体意識によって、陰=魂の生活と陽=自我の生活のバランスがもたらされるのである。

 身体であるが、これは、気的感性によって、霊と通じ、また、一般的感覚(五感)によって、自我と物質的現実に通じているのである。

 この身体意識は、丁寧に言えば、身体感性感覚意識理性と言うべきものである。そう、あえて言えば理性とは、抽象観念的なものではなく、陰陽身体バランスに存するのである。

 とまれ、以上から、無双陰陽原理を陰陽三元論として発展させることができた。

 理論名であるが、無双陰陽原理から無双陰陽身体原理へ変えようか。簡単にするため、単に陰陽身体原理にしようか。



追記:シュタイナー霊学に即して言えば、陰=ルシファー、陽=アーリマンであり、両者を均衡させるのは、キリストである。これまで、キリストに相当するものをMPにしたが、以上から、それは、身体意識(理性)ということになる。

 しかし、身体理性という視点は、もう単に霊的なものではなく、霊魂と物質の両面に渡るものであるから、キリストではなく、ポスト・キリストである。D.H.ロレンスの「死んだ男」の方がふさわしい。
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