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2013年04月16日 (20:22)

森には、樹木には、気、生命イデア・エロース・エネルギーが宿るだろう

テーマ:Forest PhiloSophia森哲学

古代人が森(「杜」:鎮守の杜)や巨木を神聖していたのは、そこに、気=生命エネルギーが流れていることを直観・直感したからではないだろうか。
 父権的物質文明は、そのような生命の森を破壊することから勃興したのであり、現代文明は当然その末裔である。
 人々は森、樹木に「神聖さ」=気=生命エネルギーを感じなくなっているのだ。
 しかし、日本人の血には、森・樹木の気エネルギーを感受する精神がある。唯物科学的精神を超克して、陰陽イデア・生命エネルギーを肯定する必要がある。
 後で、精緻に気エネルギーについて述べたい。

参照:
無限の宇宙と響き合って生きるか、有限の「地球」に囚われて生きるか?

http://www.k2o.co.jp/blog2/2013/04/post-872.php
新井信介 「京の風」

鎮守の森 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/鎮守の森 - キャッシュ - 類似ページ
鎮守の森(ちんじゅのもり)とは、日本において、神社に付随して参道や拝所を囲むように
設定・維持されている森林である。鎮守の杜とも。 古神道における神奈備(かむなび・
かんなび)という神が鎮座する森のことで神代・上代(かみしろ)ともいう。
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