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2013年10月09日 (02:25)

何故音楽を聴くのか:生命感と氣

I Need You - America


何故音楽を聴くのか:生命感と氣

ある意味で、音楽を聴いて、つらい浮世をしのいできたと言えよう。音楽には生命感があると直感された。
 しかし、今は、太陰氣学から、よい音楽には氣があると言える。
 おそらく、すぐれた芸術には氣があるだろう。
 とまれ、私の氣の発見は、そんなに古くはない。
 1990年代、ニューエイジブームがあった。新宗教ブームもあった。
 否、それ以前に、そう、80年代前半か半ばに氣について、私は読書していた。(追記:気功ブームがあった。)

気・流れる身体/平河出版社

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 しかし、観念から実感になったのは、もっと後である。
 両親の介護のため、長く住んでいた東京から田舎(農村地帯)へ帰省したとき(平成10年頃か)、実家の部屋の中で、はたと何かを感じたのである。東京にはない何ものかが部屋の中に存在している(充ちていると言えようか)と感じたのである。氣だと思った。
 それが実感としての最初の氣である。しかし、まだ、証拠が足りないと思い、感覚を研ぎ澄ますようになった。
 そして、今や明瞭に氣が存すると唱えるのである。
しかし、神秘的感性はもっと古くからある。中学生の頃、通学路の田んぼの緑に私の心は溶け入ったのである。
 最近は少ないが、死者への霊感はあった。
ところで、オカルトoccultという言葉はよくない。本当は、目に見えない隠れたというような意味である。
 紫外線、赤外線に倣って、感覚外性、感外性とか言う方がいいだろう。
 神秘性は感外性(感覚外性)である。(追記:超感覚というと胡散臭く聞こえるだろう。だから、感外性、感覚外性がいい。)

追記:モーツァルトの音楽を雌牛に聴かすとお乳がよく出るようになるとニュースにあったが、(牛が)モーツァルトの音楽は氣に満ちていると思えば、納得できることである。ただし、アルファー波云々は逆だと思う。氣波動が物質的には、アルファー波的になるのであり、逆は成立しないと思う。

追記2:飯山仙翁が実践しているように、日光には、強度の氣があると私は思っている。光は氣である。人工照明ではなく、自然光である。

追記3:ユング心理学と東洋思想を研究していた湯浅泰雄氏の氣の研究も氣の超越性の認識を私に踏み切らせたものである。そう、私は以前はマルクス主義者で、唯物論者であった。


Mozart, sym 41 Jupiter Frankfurt Radio Symphony Orchestra conducted by Paavo Järvi


参考:
第15回「東洋医学と磁気(1)」
-東洋医学の経絡は「気」の流れか? 生体磁気との関連に世界が注目!-

http://www.tdk.co.jp/techmag/magnetism/zzz15000.htm

「気」とは何か―人体が発するエネルギー (NHKブックス)/日本放送出版協会

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