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2013年11月08日 (02:26)

仮説:緑の血green blood:氣エネルギーが様態傾斜して、獣欲(性欲、食欲、物欲他)になる

仮説:緑の血green blood:氣エネルギーが様態傾斜して、獣欲(性欲、食欲、物欲他)になる

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

以前、性欲とは、精神エネルギーが変化したもの、それも劣化したものではないかと考えた。
 しかし、その時は、まだ、思いつきに近かった。いわば、直観である。
 しかし、今や、PS陰陽論(無双太極PS陰陽論)の視点から、理論的に解明できると思う。
 つまり、生命エネルギーは氣である。それは、植物体のエネルギーである。それは、欲望ではなく、霊的エネルギーなのである。(あえて言えば、霊的欲望である。しかし、それは、不条理な言葉だろう。)
 それは、清浄なエネルギーである。快晴のような、宇宙空間、オリオン座の秋の夜空のような清澄清浄なエネルギーである。これが、基本なのである。それが、陽に傾斜すると欲望、獣欲になると考えられる。そして、さらに、自我が入ると持続的な、集団的な破壊性を帯びるのである。
 朱子が性即理と説いたのは、この意味で考えるべきである。性は植物体の氣のエネルギーである。ここによって、根本の理、いわば、太理を得ると考えられる。
 この点では、仏陀もゾロアスターもプラトンもイエスも同じであると言えよう。
 緑の生命を生きること、ここに人間進化の鍵がある。
 これが仏陀の悟りの本義だと思うし、他、哲理者の摂理と言えよう。
 あえて言えば、血を緑にすることである。緑血をもつことである。
 いわば、緑の氣が身体を浄化するのである。身体を霊化するのである。身体の緑化である。
 性欲や食欲他は氣エネルギーに還元されるのである。昇華であるが、回帰が本質である。




アバの歌声にある陰:これは、無双太極の影ではないだろうか

テーマ:music/dance/ballet

やはり、アバの歌声には深い陰があると思う。
一見、まったく華やかに聞こえるが、裏地のように深い陰が付いているのである。
 以前、夢中になって聴いていたが、深い闇を感じて、それ以後聴くのを止めた。
 しかし、今聴くと、光と闇の融合したトーンが分かるのである。これは、実に、東洋的なサウンドだと思う。モネの絵画と似るのである。少し違うが。

[HD] ABBA - SOS (SS 1975)


ABBA SOS ( AGNETHA LIVE VOCALS )


Abba - SOS


Abba - Fernando


Abba - Knowing Me, Knowing You





欲望とは秘密を帯びている:食べないと食欲は減るし、食べると食欲が出る

テーマ:生命力とは何か:氣と小食と腸内細菌

私の作業仮説に、人体(人心体)における植物体と動物体の区別がある。前者は氣の身体であり、後者は、いわば、欲望の身体(肉体といった場合、こちらを主に指すだろう)である。
 不食とは私説では、当然、前者を目指すことになる。つまり、欲望の滅却である。これは、仏陀の教えに酷似しよう。(そう、先に言ったが、仏陀やキリストの教えとは、植物体の教え、氣の教えであると仮説している。思えば、仏陀が菩提樹の下で悟りを開いたというのは、意味深長である。植物に関係しているのである。私説では、氣に関係するのである。因みに、D. H. ロレンスは樹木の下で腰を下ろして創作するのが好きだった。)
 とまれ、今日は、朝、豆乳ヨーグルトを食べただけで、まだ、何も食べていない。しかし、元気である。思うに、食べると、食欲が出るのである。これは一体何なのか。先に述べたが、どうも、食という行為は、食欲を刺激するである。否、先に、条件反射的なものではないかと示唆したが。
 できるだけ、食べないでいよう。仏陀は先達である。




森氣浴ウォーキングは活力を生む?:歩動は、氣を発生させる?

テーマ:健康&治癒:森気浴:医食同源:小食菜食

今日は、簡単に20分ほど、雨上がりの森の中を森氣浴歩を行った。朝は元気がなかったが、夜は元気になっている。どうも、森氣浴歩は活力を生むのかもしれない。
 歩いて、体を動かすことは、体内に氣を発生させることでないかと思った。もっとも、検証が必要である。





情感の欠如は、自然とのコミュニケーションの欠如に拠る面が強いだろう:物質的都市化による感性枯渇

テーマ:2つの自然:植物と動物:氣と獣欲・煩悩

ある若者、女子を見て、情感が不足していると思う。
 情感は本来、「水」的である。陰陽論で言えば、陰の欠落であるし、また、根源の太水の枯渇である。
 利己的物質主義優位からすれば今更でもあるが。
 しかし、根本的には、自然への接触の欠落が大きいように思う。私は、幸い、子供の頃、車社会になる前の、有機的な農業の「ど田舎」で過した。緑の感性が私の心に成形された。
 そう、自然感性をもっていると、東京は灰色地獄である。私なりに言うと、東京の空気は氣が死んでいるのである。以前、述べたが、東京の空気は、「痛い」のである。
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