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2013年11月15日 (17:54)

オイラーの公式とマイナスの実部:自我と物質の結びつき

画像は以下のリンクを見られたい。


オイラーの公式とマイナスの実部:自我と物質の結びつき
http://sophiology.jugem.jp/?eid=361

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

先に以下のように書いた。
 思うに、θがπ/2になるときは、純粋のときであり、実際は、π/2<θ<3π/2ではないだろうか。つまり、実部がマイナスになって、純物質に近くなっていると思う。
 『海舌』氏の人間認識図であるが、それは、去年、『海舌』氏のPS理論から離脱する直前あたり、左右逆であると述べたが、今もそう感じる。

          『海舌』氏に拠る人間認識図          

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:無双(太極)PS陰陽論Nonpolar(Taiji) Platonic Synergy Yin-Yang Theory

 第二象限が自我・物質的世界であり、第三象限が、腹黒い、陰謀の世界に当たると思う。
 そして、第一象限が知性、合理性の世界であり、第四象限が芸術的感性や宗教的感性の世界だと思う。
 そう、『海舌』氏の各象限への意味的布置は単に逆だけでなく、本質的に違うと思う。
 哲学は+1に近いと思うし、数学は第一象限ではないかと思う。宗教は芸術に近い方だろう。
 途中だが、今はここで留める。


自己(個)陰陽方程式:自我は陽凸iであり、非我(無私・愛)は陰凹iである:オイラーの公式
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11686282196.html

自己陰陽方程式、又は、個陰陽方程式

e^iθ☯e^i(θ+π)

=〔cosθ+isinθ〕☯〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕


である。ただし、☯は極性を意味することにする。(参考:三角関数 http://www12.plala.or.jp/mz80k2/electronics/math/math.html)
 これは、極論的に言えば、自我と魂との対極性を意味しよう。
そこで、自我的要素を(凸i)、魂的要素を(凹i)とすれば、
自己陰陽方程式、個陰陽方程式は、

(凸i)*(凹i)

=e^iθ*e^i(θ+π)

=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕

となる。(尚、*は、☯と同じとする。)
 だから、自己陶冶とは、θがπ/2(90°)になるようにして、氣の方程式に接近することではないだろうか。即ち、


氣の方程式(生命方程式):

凹i(陰)☯凸i(陽)⇒+1(生命物質体)  
| sophiology | 01:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
自己(個)陰陽方程式:自我は陽凸iであり、非我(無私・愛)は陰凹iである:オイラーの公式






自己(個)陰陽方程式:自我は陽凸iであり、非我(無私・愛)は陰凹iである:オイラーの公式
http://sophiology.jugem.jp/?eid=360

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

今は問題提起のみだが、自我は、PS陰陽論の方程式で言うと、−1ではなくて、陽凸iの極大だと思う。それが、否定抑圧的に陰凹iに作用して、−1を極点とする自我的動物体(人間獣:人獣)になるように思える。(この点は検討課題である。)
 また、オイラーの公式が積極的に自然造形の原理として、使用できるように思えている。
 即ち、公式や図は以下である。

e^{i¥theta} = ¥cos¥theta + i ¥, ¥sin¥theta

オイラーの公式の幾何的な表示

とまれ、オイラーの公式、即ち、

e^{i¥theta} = ¥cos¥theta + i ¥, ¥sin¥theta

を用いると、
 θがπ/2(90°)のとき、

e^iπ/2=0+i

となる。これをPS陰陽論に変換すると、

e^iπ/2=凸i(陽)

となる。(i=凸iと見るのである)
 これが、自我である。
 そうならば、逆に、−i=凹i(陰)は、無私、非自我、つまり、他者ではないだろうか。(今 ふと思いついたが、シュタイナー霊学の悪魔論であるが、アーリマンが凸iで、ルシファーが凹iではないだろうか。前者は近代的自我、近代合理主義をもたら し、後者がロマン主義、神秘主義、オカルティズムをもたらすのではないだろうか。そうならば、仏陀やイエスの教えは、一見、ルシファー的ではないかと思え よう。しかし、それは、皮相だろう。仏陀やイエスの教え、太陽の光の教え、あるいは、植物体の教えとは、陰陽調和の教えと思う。陰と陽のバランスである。 これは、シュタイナーのキリスト論と一致しよう。シュタイナーは、キリストとは、アーリマンとルシファーの均衡と述べているからである。
 そうならば、PS陰陽論はシュタイナー霊学とも一致することになる。もっとも、私自身、後者から強い影響を受けているが、それを盲信するのではなく、批判的立場を取っているのであるが。

参考:「アーリマン的なもの」と「ルシファー的なもの」 - 狂気をくぐり抜ける - ココログ
http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post-f9e6.html)
 議論を続けると、θがπ/2(90°)のとき、陽凸i=自我と言ったが、これだけだと、単に、いわば、半身である。つまり、人体(人心体)は、少なくとも、陰陽体(陰陽双極体)であると考えられるからである。つまり、必ず、陰凹i=非我の要素があると思うのである。
 だから、以前、PS理論のときに触れたように、オイラーの公式のe^iπに対して、π回転(180°回転、半回転)した座標ももつと思われるのである。だから、
 θにθ+πを入れた場合を考えると、

e^i(θ+π)=cos(θ+π)+isin(θ+π)

となり、これが、他の「半身」であると思われるのである。
 だから、まとめると、いわば、自己陰陽方程式(自我ではなく、自己であるのに注意。あるいは、個でもいいだろう。ならば、個陰陽方程式。)になるだろう。即ち、

自己陰陽方程式、又は、個陰陽方程式

e^iθ☯e^i(θ+π)

=〔cosθ+isinθ〕☯〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕


である。ただし、☯は極性を意味することにする。(参考:三角関数 http://www12.plala.or.jp/mz80k2/electronics/math/math.html)
 これは、極論的に言えば、自我と魂との対極性を意味しよう。
そこで、自我的要素を(凸i)、魂的要素を(凹i)とすれば、
自己陰陽方程式、個陰陽方程式は、

(凸i)*(凹i)

=e^iθ*e^i(θ+π)

=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕

となる。(尚、*は、☯と同じとする。)
 だから、自己陶冶とは、θがπ/2(90°)になるようにして、氣の方程式に接近することではないだろうか。即ち、


氣の方程式(生命方程式):

凹i(陰)☯凸i(陽)⇒+1(生命物質体)  


である。
 いろいろ他に考えるべきことがあるが一先ず、ここで留める。

追記:氣の方程式は、仏陀方程式、キリスト方程式、ゾロアスター方程式、老子方程式、朱子方程式、神道方程式、等々と(世界)宗教方程式とも呼べよう。
 宗教とは結局、太陽教である。


☆☆☆別テーマ:数霊と形象☆☆☆

やはり、ピュタゴラス的数霊が植物体の形象、さらに、そのいわば、展開として、動物体の形象を造形成形するのではないだろうか、数霊とは幾何学として展開すると考えられる。(黄金比等)
 やはり、これは、オイラーの公式で解明できるのではないだろうか。θを適度に展開する数霊を考えればいいのではないだろうか。
 
************************

⓵氣の方程式(生命方程式):

凹i(陰)☯凸i(陽)⇒+1(生命物質体)   ・・・Ⅱ


⓶自我方程式(自己同一性方程式):

凸i(陽)*凹i(陰)⇒−1(=e^iπ) ・・・Ⅶ


前期PS理論とオイラーの等式の統合の再考:+1が生命物質体、−1が純物質:氣と同一性自己(自我) (10/29)
http://sophiology.jugem.jp/?eid=347

参考:

オイラーの公式 - Wikipedia

移動: 案内 、 検索

数学 、特に複素解析 におけるオイラーの公式(オイラーのこうしき、Euler's formula、オイラーの恒等式とも)とは、指数関数 と三角関数 の間に成り立つ等式

e^{i¥theta} = ¥cos¥theta + i ¥, ¥sin¥theta

オイラーの公式の幾何的な表示

をいう。ここに、θ は幾何学的には弧度法 に従う角と見なされる実変数 である。三角関数を複素変数に関する解析的関数と考えることで、この等式は θ を複素変数 と見ても成立している。レオンハルト・オイラー に帰せられるためこの名がある。この公式ははじめ、ロジャー・コーツ によって1714年 に提出されたが、その証明は曖昧なものだった。その後オイラーによって1748年 に再発見され、有名になった。

この公式は複素解析をはじめとする純粋数学の様々な分野や、電気工学 ・物理学 などであらわれる微分方程式の解析において重要な役割を演じる。物理学者のリチャード・ファインマン はこの公式を評して「我々の至宝」かつ「すべての数学のなかでもっとも素晴らしい公式」 [1] [2] だと述べている。

また、θ = π のとき、オイラーの等式 と呼ばれる

e^{i ¥pi} +1 = 0

が導かれる。

オイラーの公式の発見
www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/euler.shtml - キャッシュ - 類似ページ
オイラーの公式 eiχ=cosχ+i sinχ はじめて見た時、意味がわかりませんでした。eって
何? i 乗ってできるの?・・・しばらくして微分方程式を学習した時、なんてすごい公式だ
ろうと思いました。 この公式は中学生にはほとんど縁がありませんが、やはりこれを ...






陰陽極性の2つの螺旋?:氣的螺旋と物質的螺旋?
http://sophiology.jugem.jp/?eid=359

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

明日早いので、今は一言。
 先に、純物質が−1で、生命体が+1と氣の方程式を使って説明した。
 私のこれまでのイメージでは、+1に生命物質があると見てきた。つまり、生命有機体である。
 しかし、陽凸iの極大化によって、純物質が形成と考えたが、それは、生命有機体がまとう物質性ではないだろうか。
 つまり、−1は生命有機体の物質であり、+1は生命有機体全体ではないのかということである。捉えにくいが、氣的身体、氣的物質体が+1なのではないだろうか。
 今は問題提起のみである。

追記:読み直して、思いついたことは、−1は動物体で、+1が植物体ではないのかということである。
 私の仮説では、人体は植物体と動物体によって主に構成されているのである。もっとも、細かく言うと、先には、四層構造体(無双太極+植物体+動物体+自我)と述べたが。
人体四層構造図:Ⅰ.太極点/Ⅱ. 植物体(氣=陰陽)/Ⅲ.動物体/Ⅳ.自我体・・・(Ⅴ.外界)
 もしそうならば、私の人体仮説がかなり明快になる。後で深く検討したい。

追記2:もし、追記のようならば、純物質はどう表記できるのか。思うに、⇒+1が植物体、⇒−1が動物体であり、±1自体が純物質ではないのか。有り体に言えば、枯れた状態、死体・遺体である。つまり、⇒はエネルギー状態、生命エネルギーである。
 そう、氣である。そして、⇒の尖端が光ではないのか。
 とまれ、要検討課題である。

追記3:追記、追記2のように考えるならば、2つの氣が存するだろう。⇒+1の⇒は陰の氣であり、⇒−1は陽の氣である。これまで、陰極、陽極は考えて、陰の氣、陽の氣は存在しないと見てきたが。
 やはり、根源の氣と極性の氣を別にしないといけないように思えている。例えば、太極氣と陰陽氣である。
 これも要検討である。
 
追記4:人間認識図であるが、これは活用できるように思える(ただし、『海舌』氏の認識布置は使用しない。)
思うに、⇒−1は動物体の極限として、自我ではないだろうか。
 とまれ、ざっと言うと、第一象限と第四象限が植物体に関係し、第二象限と第3象限が動物体と自我に関係する。

    『海舌』氏による人間認識図

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:無双(太極)PS陰陽論Nonpolar(Taiji) Platonic Synergy Yin-Yang Theory
参考:
前期PS理論とオイラーの等式の統合の再考:+1が生命物質体、−1が純物質:氣と同一性自己(自我)
氣の方程式(生命方程式):

凹i(陰)☯凸i(陽)⇒+1(生命物質体) 
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