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2014年02月01日 (12:33)

陰陽調和心(中丹田=胸)とは、内在超越的な一(いつ)の氣(イデア)である

陰陽調和心(中丹田=胸)とは、内在超越的な一(いつ)の氣(イデア)である

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化


先に以下のように述べたが、陰陽調和心は内在超越的な一(いつ)の氣(イデア)と通じているのであり、実に意味深長である。
 後で、さらに説明したい。




現代日本人の悪鬼自我の分析:陽我⇄陰我のループ回路で、陰陽調和の友愛性が喪失される

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化


近代的自我という父権的自我に現代日本人は陥っている。
 それは、物質主義である陽我(凸i)と自己中心主義である陰我(凹i)が連続化したものであり、両者を均衡させる陰陽調和心(魂)が未形成なのである。
 シュタイナー霊学で言えば、陽我はアーリマンであり、陰我はルシファーである。そして、陰陽調和心はキリストである。
 言葉で言うより、図式化した方が直観できるだろう。



  陽我(アーリマン)・・・頭・・・上丹田
    ☟    ☝
    ☟    ☝ ☞排除☞(陰陽調和心)・・・胸・・・中丹田
    ☟    ☝
  陰我(ルシファー)・・・肚・・・下丹田
 
現代日本人の父権近代自我



 
   陽我(アーリマン)・・・頭・・・上丹田
    ☟     ☟
    ☟     ☟
   陰陽調和心(キリスト)・・・胸・・・中丹田
    ☝     ☝
    ☝     ☝
   陰我(ルシファー)・・・肚・・・下丹田

 ポスト唯物論の自己様態
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11762178912.html
| sophiology | 12:30 | comments(0) | trackbacks(0) |




現代日本人の悪鬼自我の分析:陽我⇔陰我のループ回路で、陰陽調和の友愛性が喪失される

2014.02.01 Saturday | category:太極PS理論:PS陰陽論

現代日本人の悪鬼自我の分析:陽我⇄陰我のループ回路で、陰陽調和の友愛性が喪失される

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

近代的自我という父権的自我に現代日本人は陥っている。
 それは、物質主義である陽我(凸i)と自己中心主義である陰が(凹i)が連続化したものであり、両者を均衡させる陰陽調和心(魂)が未形成なのである。
 シュタイナー霊学で言えば、陽我はアーリマンであり、陰我はルシファーである。そして、陰陽調和心はキリストである。
 言葉で言うより、図式化した方が直観できるだろう。

以下の作図は次のリンクを見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11762178912.html



  陽我(アーリマン)・・・頭・・・上丹田
    ☟    ☝
    ☟    ☝ ☞排除☞(陰陽調和心)・・・胸・・・中丹田
    ☟    ☝
  陰我(ルシファー)・・・肚・・・下丹田
 
現代日本人の父権近代自我



 
   陽我(アーリマン)・・・頭・・・上丹田
    ☟     ☟
    ☟     ☟
   陰陽調和心(キリスト)・・・胸・・・中丹田
    ☝     ☝
    ☝     ☝
   陰我(ルシファー)・・・肚・・・下丹田

 ポスト唯物論の自己様態





氣身論(身氣論):身(み)は心と体を同時に指す:氣を介した心と身体の相互浸透様態としての身(み)

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

以前、月-心という造漢字で、「こころ」と読ませると言ったが、実は、「身(み)」という言葉がそれに相応しいと言える。
 「相手の身になって考えなさい」の「身」は、心であり、且つ、身体である。
 ということで、「身」の「心」は氣に近いのである。何故なら、「身」は身体に通じるからである。氣だとまだ、身体と心の中間であるが、「身」は氣と身体との中間である。即ち、「身」=氣+身体である。
 故に、氣身論ないし身氣論を提唱したい。
 これは、いわゆる、氣のサイエンスを越えているのである。そう、氣身サイエンス、身氣サイエンスを提唱したい。
 後で、さらに発展させたい。

追記:単に、身サイエンスでいいはずである。ただし、氣が見えないので、身-氣と造漢字してもいい。あるいは、身/氣サイエンスである。

追記2:「身は心と身体を同時に指す」というのは不十分な言い方である。
 身とは、心であり、且つ、身体である。心と身体が一如の様態を指していると思う。それは未分化様態なのか。
 思うに、心は氣を介して、身体へ浸透し、また、身体は氣を介して、心に浸透しているのである。
 この氣を介した心と身体の相互浸透様態が身(み)と言われるものだろう。ならば、氣身論、ないし、身氣論は成立するのである。

追記3:氣をわかりやすく言うと、太陽光線と見るといいだろう。しかし、正確に言うと、太陽光線に内在超越している本体(イデア)が氣である。とまれ、実践的には、氣=太陽光線(日光、陽光)と見れば、明快になろう。






三位一体放射能黙示録サバイバル・ライフスタイル:森氣浴散策&瞑想ー断酒・小食ー豆乳ヨーグルト

テーマ:健康&治癒:森気浴:医食同源:小食菜食

ようやく、今月初旬に引いた風邪による体調やライフスタイルの崩れから立ち直り出した。
 今日も森氣浴散策・瞑想を行った。そして、また、体がだるくなり、また、腹や顔に脂肪が付きだしたので、断酒した。
 やはり、肝臓が弱っているのだろう。断酒したら、調子がよくなった。やはり、パーティーのときだけ、飲むのが適切である。
 とまれ、再び、調子が出てきたのはうれしい。
とにかく、体、体、体である。
 そして、心、心、心である。
そう、体心、体心、体心である。
 霊学は、霊主体従と言うが、私は、霊学が否定的に捉える体主霊従と言いたい。
 体調が悪いと心も荒む。

追記:結局、氣の問題である。体調は氣を介して、心と通じているのである。

体⇔氣⇔心

である。
 そう、体・氣・心の三位一体である。
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