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2014年03月20日 (09:02)

陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇒±1:実軸は時間軸:+1が氣、−1が物質エネルギーという作業仮説

図像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11800193591.html

陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇒±1:実軸は時間軸:+1が氣、−1が物質エネルギーという作業仮説

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

先に以下を述べた。
 余裕がないので、十分検討できないが、問題点の予見を一言述べよう。(三次元直交座標は以下の画像を参照されたい。)
 理念・イデアである陰陽が90°回転して、時間へと次元転換すると、同時に、ガウス平面に直交する天地軸(自然現象軸)が形成され、自然現象が生起すると思われる。(うまく作図できないので、以下の図を借用する。x軸とy軸の座標平面をガウス平面、つまり、x軸を実軸、y軸を虚軸に見るのである。そして、z軸を天地軸にするのである。)

円筒座標(円柱座標)

 直交座標と円筒座標の座標変換について述べます。変数はそれぞれ下記が用いられます。

   直交座標(x, y, z)

   円筒座標(r, q, z)




 

円筒座標(r, q, z) ⇒直交座標(x, y, z)
http://ryutai.ninja-web.net/appendix/appendix_3_1.html
有限要素法・流体力学による数値計算


そう、天地軸は生命エネルギーを意味すると思われる。これは、物質エネルギーというか、有機体エネルギーであり、有機体的物質エネルギーである。
 しかしながら、ガウス平面を内在超越的に具有していよう。言い換えると、天地軸の生命・有機体エネルギーは氣エネルギーを超越的に内包しているということである。
 そして、この部分を唯物論である近現代科学、自然科学は看過するのである。生命エネルギーに単に物質エネルギーしか見ないのである。
 とまれ、この天地軸の生命エネルギーは、直観では、大地や腹から天を目指して、垂直に伸長するように想像されよう。
 しかし、理論的には、原点からエネルギーが生起するのである。腹ではなく、胸でなくてはならないはずであるが、どうして、腹になるのか。あるいは大地に。
 どうも、以前考えた陰主導説を再採用する必要があるようだ。
 今の時点で考えると、陰は共感性で、牽引力をもつ。それが、陽を惹きつけるのである。それで渦巻そして螺旋が形成されると考えられる。
 だから、陰陽結合とは、陰主導なのである。実際、天地軸における生命エネルギーは「陰」から発生するようになるということになろう。(ここでの「陰」は天地軸の地に相当する。)
 そう、やはり、陰陽論は的確である。陰を先に置くのは正しいということになる。
 本題を続けよう。
 問題は、有機体の物質、有機物をどう説明するかなのである。あるいは、氣の有機的物質化の力学は何かである。
 作業仮説的に、ガウス平面の実軸=時間軸=日光軸=物質軸とする。
 これで、有機体の物質の原因が説明できる。つまり、虚軸の陰陽の90°回転に拠る次元転換の時間化とは同時に有機的物質化ではあるということである。
 そうならば、有機的物質、自然有機体の本質は時間であるということになる。あるいは、氣エネルギーである。
 アインシュタインの有名な公式、E=mc^2である(Eがエネルギー、mが質量、cが光速)が、それは、ガウス平面の実軸に当てはまるのではないだろうか。(追記:Eエネルギーは実軸から天地軸の生命エネルギーの転移に存するとする方が適切だろう。)
 そして、ここで、四元数(しげんすう:四元数 - Wikipedia )を適用するのが、妥当なのではないか。即ち、

i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1

を活用すると、実数部分が実軸であり、三つの虚数が空間成分である(追記:以下から、-1は物質に相当する。だから、四元数の基本公式は、物質を記述していることになる。)。つまり、時間が空間に展開されるという意味合いがあるということである。そう、空間、三次元空間は時間の展開ということになろうか。あえて言えば、空間現象とは不可視の時間ないし時間エネルギーの仮象であるということになる。色即是空は正しいことになる。色を空間にし、空を時間(そして、氣)にすればいいのである。

四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = -k, ij = -ji

 また、さらに、波動や振動が形象を作るということが述べられるが、以上の仮説から、波動、振動は時間ということになるだろう。
 そのようにざっくりと作業仮説しているが、問題は、日光(自然現象を扱っているのだから、光というより、日光ないし陽光である。あるいは、恒星光である。)と重力の関係である。
 問題は、実軸を時間、日光、物質にしたので、日光と重力が区別がつかなくなっていることである。
 ここで修正的に仮説すると、+1が日光であり、-1が物質そして重力であるとする。(追記:これは齟齬、矛盾撞着である。実軸を時間軸にするのだから、それは不可視であるからである。では、日光は、思うに、天地軸の天で、物質は地ではないだろうか。今閃いたが、ひょっとして、+1が氣で、-1が物質エネルギーではないだろうか。氣にしろ、物質エネルギーにしろ、不可視である。
 追記2:思うに、+1の氣が-1の物質エネルギーと結合して自然現象を形成するということではないだろうか。それが一方では、天へ向かい、他方、地へと向うのではないだろうか。樹木や蔓巻植物を例にとろう。氣と物質エネルギーの結合は生命エネルギーとなり、左回転は上昇し、天志向であり、右回転は下降し、地志向ではないだろうか。簡単に言えば、幹の伸長方向と根の伸長方向である。)
 そうすると、天地軸とは日光と物質の結合体として存することになろう。天へ向うのは、日光である。そして、地へ向うのは物質である。しかしながら、生命エネルギーを日光が物質的に自己組織化しながら、天へ向うのであり、また、物質力は、日光を地へと引き込むのである。
 とまれ、中途であるが、ここで留めたい。

追記:日光が天へ向うというのは、変であるが、今はそうしておく。後で再考したい。(追記:上の追記で、日光を天とした。これは、原点から天までを含む。)

参考:以下、『海舌』氏のガウス平面を使用した人間認識図を提示する。ただし、実軸の捉え方は今の時点とは異なっている。



      『海舌』氏の人間認識図(要大修正)

(要注意:
1)虚軸の陽凸を光、陰凹を闇とするのは、間違いであり、前者は陽凸i⇒陽自我【知性】とし、後者を陰凹i⇒陰自我【感性】とする。

2)実軸+1=存在・現存在、実軸-1=超越的存在とするのも誤りで、+1と-1を電極、磁極の極性と見る。

3)記述されている象限の見方も誤りとし、新しい視点では、第一象限は理性、哲学、第二象限は科学、知性、第三象限は生活、第四象限は直観・直感、芸術、のそれぞれの領域・圏と見る【暫定的である】。

4)原点をMP【Media Point:メディア・ポイント】とするが、虚軸上の原点をMP1、実軸の原点をMP2とする。そして、極めて重要なことは、MP1とMP2が不連続・非連続であることである。MP1⇒MP2はあるが、逆、MP2⇒MP1は成立しない。だから、先に、陰陽方程式を陰凹i*陽凸i⇔±1にしたのは誤りであり、訂正する。陰陽調和心は原点、即ち、MP1に存する。そして、それは、MP2を派生するだろう。D. H. ロレンスのセクシュアリティはこのMP1とMP2の連結にあるだろう。

5)これは、作業仮説的であるが、植物の氣は当然、虚軸に存するのであり、これは、動物にも存するが、動物的身体は、実軸が主導的だと思う。それに対して、植物的身体は虚軸が主導的だと思う。つまり、植物は氣が主導的であり、動物は物質が主導的である。言い換えると、植物と動物、当然、両者、氣的身体【ガウス平面の虚軸と実軸の十字架】をもつが、前者は虚軸の氣が主導的で、後者は実軸の物質性が主導的である。ただし、人類は動物から植物へと進化の過程にあると見る。)

 今思いついたが、(もっとも、以前考えたことだが、)+1と-1を物質的極性と見ることである。つまり、磁界や電界の極性である。つまり、NとS、プラスとマイナスである。
 電子で言えば、+1が陽電子であり、マイナスが陰電子である。磁界で言えば、+1がN極であり、-1がS極である。
 電磁波は両者を合わせればいいだろう。つまり、+1と-1は電磁波を表わすということである。とまれ、実軸が物質軸であるというは納得しやすいだろう。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11794887872.html?frm_src=thumb_module
 
**************************

生命とは一(いつ)の氣:ガウス平面の実軸が時間であり、物質を意味する?

生命とは一(いつ)の氣であり、一の氣から生まれた生命現象体が一の氣から離脱し、バラバラになると、死ぬことになると思われる。
 直観では、陰陽氣が時間化されたものが生命体、有機体である。
 しかし、実際は、多様な陰陽氣が存して、生命体を形成するだろう。また、多様な陰陽氣とは、根源的には、一の氣の展開である。つまり、一の氣⇒多様陰陽氣である。そして、一の氣が本源的生命であり、それが、多様陰陽氣としての生命体を形成する。
 しかし、一の氣が離脱すると、多様陰陽氣の生命体はバラバラの物質体ないし多様な有機体に転換する。
 そして、さらに、個別の物質体、陰陽体に還元されると純粋物質になると思える。
 以上は徒然なるままにである。

追記:つまり、ガウス平面の陰陽氣平面が元生命であり、それが、垂直に展開すると生命現象体となる。
 
追記2:どうも、今日、森の中で閃いたことが、うまく思い出せない。
 一の氣が生命そのものというのは、そのときのものである。
しかし、ガウス平面が垂直的に展開する生命現象についての閃きがうまく出てこないのである。
 思うに、陰陽平面(造語:ガウス平面)の天地軸への展開が生命現象体であるが、その体積がいわば有機体、生命有機体と思われる。
 それは、氣によって生命全体化されている。しかし、氣が離脱すると、多様な陰陽部分に分離して、いわば、没生命的有機体になる。さらに、それが分解して、純粋物質になるのではないだろうか。
 後で、さらに検討したい。

追記3:陰陽調和が氣でもあるだろう。そして、陰陽の連続体が身体ないし有機体、物質体ではないだろうか。
 つまり、生命体であるが、内在超越性として、陰陽調和の氣エネルギー、生命エネルギーがあるのであり、現象体・物質体、つまり、身体としては、陰陽連続体が現象しているのではないだろうか。
 先に、即非について述べたが、即が陰陽連続体であり、非が陰陽調和(陰陽共振)になろう。



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