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2015年01月12日 (16:33)

仮説:出雲神話は倭国権民族の神話:天孫降臨・アマテラス神話は日本父権民族の神話

リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11976232153.html

仮説:出雲神話は倭国母権民族の神話:天孫降臨・アマテラス神話は日本父権民族の神話

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私は先に日本書紀を読んでいて、スサノヲは母権神話の英雄であり、また、当然、出雲神話が母権神話の源流と考えた。
 アマテラスは基本的には父権民族の神である。
 飯山一郎「大博士」の説くツングース族=扶余=百済日本民族起源説であるが、それは、私見では、日本母権民族と重なるのである。
 つまり、出雲神話と百済・日本母権民族は結びつくのである。
 そう、作業仮説として、扶余・百済⇒出雲と日本母権民族の国の流れがあり、日本母権国があったと思う。
 それに対して、天孫降臨の「アマテラス」を中心とする好戦的な日本父権民族が侵略してきたのである。私はそれは弥生民族を従えたユダヤ民族(中国系父権遊牧民族も入るかもしれない)だと仮説しているのである。
 分かりやすく言えば、古代日本とは、百済・出雲母権民族とユダヤ・ヤマト父権民族の闘争が行われた場であり、ほぼ後者の勝利を作為的に記述したものが日本書紀ではないだろうか。
 しかし、まったく父権民族が母権民族に対して勝利したということではなく、後者は実際、存続していたのではないだろうか。
 そう、端的に、日本書紀は、一つの役割として、母権民族の洗脳があったと思うし、それが、今日までも続いて、単一民族説を為していると思うのである。二つの異質な民族を見ないといけない。
 また、もう一つの役割は、大中国に対する日本国家権力の誇示にあったろう。

追記:日本父権民族を弥生民族を従えたユダヤ民族と仮説したが、以下からわかるように、出雲の遺跡は弥生中期である。それを考えると、弥生民族を従えていたのは、父権民族ではなく、母権民族ではなかっただろうか。それを、父権民族はあたかも自分たちが弥生民族(稲作民族)を従えたようなフィクションを日本書紀で作ったのではないだろうか。

参照:

* 日中韓三国通史
* 高句麗の歴史

参考:

倭国の時代 (ちくま文庫)/筑摩書房
¥1,026
Amazon.co.jp


内容(「BOOK」データベースより)
日本建国以前の列島の状況を知るには、当時の文献の活用が欠かせない。しかしそのことが、さまざまな誤解を生んできたのも事実だ。本書では、中国大陸の政治動向が列島に及ぼした影響をたどることによって「魏志倭人伝」「日本書紀」の成立事情を解明し、卑弥呼の出現、倭国王家の成立から日本建国までの倭人の実像を、世界史的視点で描き出す。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡田/英弘
1931年東京都生まれ。東京大学文学部卒。57年『満文老档』の研究で日本学士院賞受賞。東京外国語大学名誉教授。その研究は中国史、モンゴル史、満洲史など広範にわたる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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New! 【出雲学談義(4)】「出雲神話=虚構」は崩れ去った…空白地帯の山陰で青銅器が次々発見

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古代史を書き換える発見として注目を浴びた荒神谷遺跡(島根県出雲市提供)
 

 昭和59年夏のことであった。出雲市斐川町神庭(かんば)の谷奥の道路建設予定地から、358本という驚愕的な数の銅剣が発見された。そもそも出雲は青銅器文化の空白地帯とされ、ほとんど出土例はなかった。全国から出土した銅剣は約300本とされていたから、空白地帯のただ1カ所から出た数量は圧倒的であった。この遺跡は、付近に荒神が祀ってあったことから荒神谷(こうじんだに)遺跡と名づけられた。全国の熱いまなざしが荒神谷に注がれた。

 誰が、何のために埋めたのか。何故、整然と並べて埋めてあるのか。そして、最大の謎は、何故、神庭の谷の最奥部に埋められていたのか。

 翌60年の夏、再び荒神谷は熱気にわいた。前年出土した大量の銅剣のわずか右7メートルの地点から、今度は銅矛16本、銅鐸6個が発見されたのである。今回も数々の驚きがあったが、なんといっても最大の驚きは、銅矛・銅剣という武器型祭器と銅鐸という鳴り物祭器が同じ場所に埋納されていたということであった。

 荒神谷遺跡はいくつかの定説を覆すとともに、多くの謎を提示した。その謎はほとんど解明されないまま30年が過ぎた。ただ一つ言えることは、荒神谷を中心とする西出雲に、弥生中期頃、大きな政治勢力が存在していたのではないかということである。
2015年01月12日[ 産経WEST ]
*
【出雲学談義(3)】「出雲神話」は政治性の強いフィクションだった?
 壬申の乱(672年)に勝利して樹立した天武天皇の中央集権国家において、その中核となったのは、天皇家の祖神アマテラス大神を祭る伊勢神宮である。その宗教的権威を高めようとするとき、邪魔になるのが大和の古い豪族たちが斎(いつ)く神々であった。この神々を何処かへ流し...
2014年12月14日[ 産経WEST ]
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【出雲学談義(2)】日本の代表的神話は「出雲」発なのに、平凡な遺跡が謎を呼ぶ
 ヨーロッパ人が日本人に対して、「われわれヨーロッパには、ギリシャ神話、ローマ神話などたくさんの神話があります。日本にも神話がありますか」と尋ねたら、おそらく日本人は憤然たる面持ちで、こう答えるだろう。「もちろんありますよ。日本はヨーロッパに劣らぬほど、長い歴...
2014年12月07日[ 産経WEST ]
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【出雲学談義(1)】下世話な話も飛びだす「無住法師」のような面白い説法を
 この作業をすすめるためには、歴史学をはじめ、関連諸科学の学際的研究が必要であるが、残念ながら、とても私にはそんな能力はない。だから、これから述べる内容は、極めて粗っぽいものになることは必定であるが、ただ、馬齢を重ねた者のわずかばかりの知識が、お役に立てばと思...
2014年11月30日[ 産経WEST ]

http://www.sankei.com/apr_news/images/v1/basic/logo_header_news.png

【萌える日本史講座】神話の世界 考古学界騒然「出雲王朝VS大和王権 ...
013.4.29 12:00 (1/6ページ)[萌える日本史講座]
荒神谷遺跡で見つかった銅鐸と銅矛。出土した状態でレプリカが公開されている=島根県出雲市

荒神谷遺跡で見つかった銅鐸と銅矛。出土した状態でレプリカが公開されている=島根県出雲市

 朝鮮半島などから土地を引き寄せて島根半島が出来上がったという「国引き神話」、オオクニヌシノミコトによる「国造り」に続く天照大御神(あまてらすおおみかみ)への「国譲り」…。日本誕生にまつわる数々の神話に彩られた神の国・出雲。実は考古学界では数十年前まで「神話だけの世界で実証性に乏しい」と軽視され続けた。昭和59年の荒神谷(こうじんだに)遺跡(島根県出雲市)での大量の銅剣や銅鐸(どうたく)発見で「出雲王朝論」が唱えられても、関西の学者たちは「大和勢力(畿内)が『僻地(へきち)』の出雲に埋めた」と主張。「出雲VS大和」は、古代だけでなく考古学界でもし烈な火花を散らした。5月10日は出雲大社の大遷宮。出雲神話が再び熱い。(小畑三秋)

 

論争ヒートアップ

 「荒神谷の発見は、出雲に巨大勢力の存在を示す画期的な成果だ。大和や九州と一線を画した出雲王国が存在した」

 「出雲に大量の青銅器を造る力はなかった。出土した銅剣や銅鐸などは、大和の勢力が、支配圏の最も縁辺部に埋めることで外敵の侵入を防ぐ祭祀(さいし)の役割があった」

 荒神谷遺跡から、国内の総出土数を上回る銅剣358本、さらに銅鐸6個と銅矛16本がセットで見つかって以来、各地で「青銅器の謎」をめぐる学会やシンポジウムが開かれ、そのたびに「出雲王国派」と「大和派」が議論を戦わせた。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130429/wlf13042912000007-n1.htm
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