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2015年02月14日 (12:27)

陰陽均衡の日本伝統文化から父権中心母権排除の明治維新の狂信的精神風土への転移


リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11989675549.html

陰陽均衡の日本伝統文化から父権中心母権排除の明治維新の狂信的精神風土への転移

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように書いた。

天皇(雄略天皇)、琴の声を悟りたまひて、その罪を赦したまふ
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11989226760.html

「明治維新は、先に仮説したように、伽倻ー新羅父権民族に拠るものであった。そこには、百済母権文化が欠落しているのであり、それが、今日まで尾を引いているのである。
 ナニガシ首相は、正に、伽倻ー新羅父権民族の好戦性をもっていると思う。しかし、本質は伽倻的で、新羅的好戦性を利用していると思うが。
 国民も、伽倻ー新羅父権民族「文化」・ヘゲモニー的「空気」に汚染・感化され、百済母権文化を喪失してしまった。天皇皇后両陛下は、それを護持しているが。」

 私は明治維新以前にあった百済母権文化、正確に言うと、縄文母権文化=前期弥生農耕母権文化=海洋母権文化=百済母権文化の母権文化複合体は明治維新以後、どうなったかと思った。
 私は昔から、神仏分離令、排仏毀釈が日本伝統文化を破壊したと感じていた。神仏習合に直感的に私は親和していた。
それは、森(森と言っても、雑木森や原生森である。杉が植樹された人工森ではない)に対する情感と似る。それは、抽象的に言えば、多様なものの交錯・混淆体・渾然一体性への親和性である。
 とまれ、日本母権文化は仏教あるいは神仏習合が担ってきたと思う。
 そう、百済母権文化ないし日本母権文化は仏教が神道と結び担ってきたと思う。
 しかし、国学イデオロギー(日本父権主義)から進展した明治維新は、神仏分離令によって、日本母権文化を破壊したと思う。
伝統的日本が壊れたのである。日本は別の國になったのである。
 仏教ないし神仏習合が担ってきた日本母権文化が排除否定され崩壊した後、それはどうなったのだろうか。
 現天皇皇后両陛下は日本母権文化を体現されているが、それ以外にどのような事態になっているのだろうか。
 今や仏教はビジネス仏教である。もっとも反抗的仏教徒はいるが。
 そう、民俗学が母権的である。南方熊楠、柳田国男、折口信夫。
 そして、哲学者の西田幾多郎や仏教者の鈴木大拙がそうだろう。
 文学者は漱石、宮沢賢治、等々がそうだろう。(追記:俳句は母権文化であろう。芭蕉の俳句は最深の倭国・日本母権文化だと思う。芭蕉の凄みは一見わからない。短歌もそうだろうが、日本人には俳句がぴんときよう。)
 青鞜社もそうだろう。
 しかし、何か、決定的なものを欠いていたようである。
 日本には父権文化と母権文化があるということの認識の欠落だと思う。
 結局、明治維新と戦後の脱亜入欧や近代主義イデオロギーによって、日本人の認識力が破壊されたと思う。
 とまれ、明治維新まで、仏教ないし神仏習合が日本母権文化を保持してきたと仮説することができた。
 思うに、この習合文化、日本母権文化は、マニ教的なのではないだろうか。マニ教は、宗旨にこだわらない、直感の宗教である。
 日本母権文化はマニ教の影響があるのではないだろうか。日本人の、一見杜撰な行動様式はそれではないだろうか。初詣、葬式仏教、クリスマス等々。何でもありである。
 無宗教と云われているが、本質はマニ教的純粋性ではないだろうか。

追記:弓道等の武芸は日本陰陽文化である。母権と父権の結合である。剣道、柔道、等々。風朕が柔道や日本の武芸に魅かれるのは、日本伝統文化への親和性があるからだろう。
 

参考:

1.
廃仏毀釈 - Wikipedia


* キャッシュ
* 類似ページ
廃仏毀釈(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)は、仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、
僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃し(破壊)
し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。日本においては一般に、神仏
...
2.
排仏毀釈は日本人の精神を狂わせた:国学こそ、反日本思想である:脱 ...

2010年3月22日 ... 廃仏毀釈(はいぶつきしゃく、廢佛毀釋)とは仏教 寺院 ・仏像・経巻を破毀し僧尼など
出家 者や寺院が受けていた特権を廃するなどを指す。排仏棄釈とも。文献によっては「
廃仏稀釈」と表記されることもあるが、誤用である。 明治の廃仏毀釈 ...
3.
明治維新の秘話 大寧寺と豊川稲荷-一歩も引かぬ豊川閣


* キャッシュ
* 類似ページ
政府によるこの警告の背後には、排仏毀釈と称して仏教寺院を襲い仏様を破壊し、財宝
を略奪し、ひいては寺院の打ち壊しや放火に及ぶ暴動のエスカレートがあった。社会
変革の手段として文化破壊のエネルギーが利用されるのは歴史の常套だが、この排仏
毀 ...
4.
排仏毀釈と国家神道:「一神教」思想が二方面に - 實川幹朗の世界学ブログ

2014年3月5日 ... 排仏毀釈は近代の日本に大きく影を落とす運動である。しかも下から盛り上がった動き
で、不可思議な歴史であった。私にはそう映る。島薗進氏によると背後に儒教がある
そうだ。なるほど気付かなかった。だが儒教はずっと幕府の官学だった。


1.
神仏習合 - Wikipedia


* キャッシュ
* 類似ページ
神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本土着の神祇信仰と仏教信仰が混淆し一つの
信仰体系として再構成(習合)された宗教現象。神仏混淆(しんぶつこんこう)ともいう。
目次. [非表示]. 1 概要; 2 歴史. 2.1 仏教の伝来; 2.2 神宮寺の建立; 2.3 大乗密教
による ...
2.
7. 日本の神々と仏たちの正体 - 5. 「神仏習合」とは何か



* キャッシュ
* 類似ページ
ところが、朝鮮から「日本の朝廷に献上される」という形で日本に「仏教」が伝来してくると
、この伝来の神々と仏教とは融合してしまうのでした。それを一般に「神仏習合」と呼んで
います。 この「仏教」と「神道」の習合の原因や仕方はさまざまですが、それを見ること ...
3.
神仏習合



* キャッシュ
* 類似ページ
神仏習合については、説明が非常に難しく、私自身も理解が十分ではありません。 (*^_
^*) そこで、「神社ふしき探検」( ... 一方、仏教も、古代インドの在来宗教との習合、中国
の道教との習合を経て、日本に伝えられました。 それだけに豊かな経験と柔軟性が ...
4.
日本の宗教-神道と仏教の歴史的関係- - Biglobe


* キャッシュ
* 類似ページ
日本の宗教-神道と仏教の歴史的関係-. 神仏習合(しんぶつしゅうごう). 日本固有の
神祇信仰と仏教が混ざり合い、独特の行法・儀礼・教義を生み出した宗教現象。他文化
と交流のある世界では一般的な現象のこと。たとえば、中国でも仏教と道教が習合し、 ...
5.
第13回講座-神仏習合-

* キャッシュ
* 類似ページ
3、何故、神仏習合は続いたのか? 10、天皇の姿勢が左右した. 4、神仏習合を成立
させた仏教側の要因, 11、昔からあった舶来信仰. 5、仏の多身説, 12、公的には神道、
私的には仏教. 6、神仏習合を成立させた神道の要因, 13、神仏習合のモデル理論.


1.
マニ教 - Wikipedia


* キャッシュ
* 類似ページ
マニ教( -きょう、 摩尼教、英: Manichaeism)は、サーサーン朝ペルシャのマニ(216年 -
276年または277年)を開祖とする二元論的な宗教である。 ユダヤ教・ゾロアスター教・
キリスト教・グノーシス主義などの流れを汲んでおり、経典宗教の特徴をもつ。かつては
...
2.
マニ教 -消えた世界宗教- - nifty


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民族の枠を越え、広い範囲に多くの信者を持つ宗教を世界宗教という。現在では、仏教
、キリスト教、イスラム教がそれにあたる。しかし、かつてスペイン・北アフリカから中国に
まで広がる第4の世界宗教があったことは、ほとんど知られていない。その宗教が、マニ
...
3.
10.キリスト教の光と影 - 2. 最大のライバル「マニ教」と「グノーシス主義」



* キャッシュ
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はじめに ここでは、初期キリスト教の時代にキリスト教の最大のライバルであった「マニ
教」と「グノーシス思想」を見ます。これは初期キリスト教の時代にライバルであっ
たばかりではなく、「中世においても」その影響力を失うことがなかったのでした。そして、
...
4.
マニ教 の画像検索結果

5.
中国におけるマニ教



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マニ教」って、世界史の授業で習いましたよね? 3世紀初めにササン朝ペルシャでマニ
が始めた宗教で、西はギリシャからシリア、エジプト、北アフリカ、東はシルクロードを
通ってウイグルの国教となり、中国まで広がったが、その後衰退してしまい消滅。その
原因 ...
6.
叡智の光_マニ教概説・序説 Introduction of Manichaean Religion



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* 類似ページ
2004年8月2日 ... マニ教(Manichaeism)とは、西暦3世紀半ば、ササン朝ペルシア帝国治下のイランで、
マニ(Mani, Manichaeus)によって創始された啓示宗教である。古代ユーラシアの世界
宗教の一つで、民族・言語・文化・国境を越えて、イベリア半島から、 ...
7.
【歴史】マニ教 ー消えた世界宗教の謎ー - NAVER まとめ

2012年11月2日 ... かつて民族の枠を超え、広い範囲に多くの信者を持った第4の世界宗教『マニ教』。 ... 明
(善)と暗(悪)の二元的世界観で知られるマニ教の宇宙観を描いたとみられる絵画が
国内に現存していることが、京大大学院文学研究科の吉田豊教授( ...
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