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2015年02月21日 (11:52)

科学とこころ:知性とこころと肚:こころは「理性」、太極(太極氣、太一氣)、精神・霊=スピリット

画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11992649752.html

科学とこころ:知性とこころと肚:こころは「理性」、太極(太極氣、太一氣)、精神・霊=スピリット

テーマ:GP陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学)

近代(西洋)文化史的には、啓蒙思想とロマン主義の対立があった。合理主義と情感主義の対立とでも言えばいいだろう。(追記:本居宣長の漢心VS大和心は類似していよう。しかし、宣長には、パラドクシカルであるが、前者が強くあったと思う。)
 科学は、当然、前者であり、後者を排除してきた。そう、デカルト哲学の(負の)遺産である。
 私は個人的に、大いに、知性と感性の分離と再結合の問題に関ってきた。結局、それで生まれたのが、不連続的差異論であり、PS理論であり、今や、太極陰陽哲理学(GP陰陽哲理学と改称した。ガウス平面陰陽哲理学Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience)である。
 私なりに問題が片づいたのであり、諒解してしまえば、何てことはないのである。
 結局、二元論では解決できないのである。知性と感性の二元論では、両極に振幅して、統合できないのである。(追記:カントの『判断力批判』は、知性と感性を統合するため、媒体・媒介として、構想力=想像力を提起した。しかし、構想力は「こころ」=太極のもつ一元的根源性、いわば、ドンス・スコトゥスのいう「存在の一義性」が欠落していると思われる。)
 結局、感性を「こころ」性と「肚」性に分ける必要があるのである。この点で、東洋哲理学が完全に正解であった。
 道教の上丹田、中丹田、下丹田という三元論、あるいは、ヨーガの7つのチャクラのいわば七元論の視点は、二元論を超えているのである。
 陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学、略して、GP陰陽哲理学と呼んだ方が明快である。あるいは、複素平面陰陽哲理学だから、CP陰陽哲理学である。

***************************

参照:

            凸i陽
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             |
             |
             |
             |
-1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、-1となる。
 ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見ると適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である。

***************************

GPは、Gaussian plane、CPはcomplex planeである。)から云うと、陽が知性であり、陰が肚性であり、陰陽調和がこころ性である。こころは、理性、氣、精神・霊=スピリット(追記:太極でもある。太極氣ないし太一氣という言い方も可能ではないだろうか。)とも言えようか。
 この陰陽バランスによって、知性と感性は統合化されるのである。もちろん、自然の揺らぎはあるが。
  
 ところで、現代日本人であるが、自我に傾斜しているのである。そう、自我とは、知性と結びついているが、自我は感情・欲望があるので、知性は曇り、濁る(曇濁する)のである。
 自我感情・欲望から知性は離脱する必要がある。
それは、私において、不連続的差異論によってもたらされたのである。
 自我は同一性作用をもっているので、感情・欲望と同一化するのである。ここで、知性が感情・欲望と結合するのである。そして、知性が利己主義化し、曇濁するのである。
 GP陰陽哲理学(GP陰陽哲理)の視点から見ると、知性を自我の感情・欲望から分離するには、前者と後者の不連続的切断意識が必要なのである。
 それは、「こころ」(中丹田)を支点にするのである。
 「こころ」は精神・霊であり、自我的感情・欲望とは別の次元にあるのである。そこで、「こころ」と自我を意識的に不連続的に切断するのである。
 「こころ」の領域・次元によって、自我感情・欲望は、抑制されるようになるのである。もっとも、「こころ」の陶冶涵養が必要であるが。
 とは言え、自我感情・欲望(「煩悩」)が消滅するわけではなく、制御されるのである。
 この「こころ」であるが、実は、ロマン主義における情感に内在するものであり、ロマン主義を完全に否定するのは誤りである。
 だから、合理主義はそれだけでは、誤りである。
 とまれ、ロマン主義的情感の「こころ」を取り出して、頭(自我)と肚(おそらく、意志)とのバランスを取るようにすべきである。
 そう、頭脳とこころと肚との三幅対・三一体・トライアッドを形成すべきである。
 現代日本人に戻ると、「こころ」、肚が未発達であり、そのために、自我作用が主導的である。しかし、個的自我ではなく、集団的自我である。自己と他者の同一性反射回路における自我である。
 思うに、そこにおいて、悪が支配していると思う。
 善である「こころ」を排除しているものがそこにあると思われる。
 それは、自我のルシファー&アーリマン結合体制ではないだろうか。
 いわば、悪魔の憑依である。某国の首相やその支配層は完全にそうである。
 つまり、自我を構成する「存在」として、ルシファーとアーリマンの二元論があるということではないだろうか。
 この悪の二元論は形而上学的なのだろう。
 とまれ、この悪の自我は、自我中心主義、利己主義であるから、他者を否定排除していくだろう。有り体に言えば、殺戮するということである。
 これが、今の日本が嵌り込んだ事態である。
 私見では、これは日本父権民族が中心となるのである。どうも、これは、日本民族のカルマである。カルマの清算としての亡国そして復興・復活ということなのではないだろうか。新母権民族の新倭国である。

追記:キリスト教三位一体(父ー子ー聖霊)を、GP陰陽哲理学の視点から見ると、父=太極・太一、子=⇒+1、聖霊が陰陽調和であろうか。しかし、陰陽極性が欠落しているのがわかる。
聖母マリアをもってくるのは、その点で適切だろう。
 何故なら、聖母マリアとは、母権的であり、陰陽調和的であるからである。
 とまれ、陰陽対極・両極・双極性を欠落していること、これが西洋文明文化の最大の欠陥であろう。二元論(二項対立)に陥ってしまったのである。陰陽極性と二元論(二項対立)は似て非なるものである。

追記2:ヘーゲル弁証法であるが、それは、陰陽対極性と二元論の混淆ではないだろうか。
 正反合であるが、合は陰陽バランスと見ることができる。
 しかし、反の否定が強い。正と反は背反するのである。しかし、両者を牽引するものが見えないのである。
 思うに、合の作用において、牽引があるということなのであろう。
 しかし、陰陽的牽引はそこには見えないと思う。何故なら、正反の二元論は二項対立であり、陰陽対極性の牽引要素がないからである。つまり、ヘーゲル弁証法は二元論(二項対立)と陰陽対極性(陰陽論)の折衷であると言えるのではないだろうか。


参照:
「もののあわれを知る」とは、マニ教的では?

テーマ:マニ教新時代:対立を超えて赦し寛恕仁慈
たまたま、小林秀雄の『本居宣長』を見つけて、ふとんの中で、拾い読みした。
 引用されている本居宣長の文章は、気持ち悪いのである。
 相当な曲者である。
 私は、漢心(からごころ)を批判し、大和心を説く宣長は、狭量なナショナリズムの提唱者と感じ、反発してきたのである。
 しかし、ふと視点が変わった。
 「もののあわれ」ないし「もののあわれを知る」とは、実は、マニ教的普遍的視点ではないのかということである。
 「大和」に「こころ」を限定している点で狭量なナショナリズムがある。しかし、それをとり払ってしまえば、「こころ」の普遍主義ではないかと思ったのである。
 今の勘では、宣長は、母権文化を父権文化の枠に限定して説いているのではいうことである。

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http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11992526320.html
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