2007年10月25日 (11:07)

『近代的自我とキリスト教:その2:Media Pointと ・・・』のp.p.s.の掲載

『近代的自我とキリスト教:その2:Media Pointと近代サイクルとトランス・モダン・エラ』http://ameblo.jp/renshi/entry-10052416843.html
のp.p.sを新たに掲載する。

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p.p.s. 別稿で、詳論すべきであるが、ブッシュ/ネオコンの場合においては、近代合理性ではなく、近代的自我に非合理主義・宗教衝動が連続化して、駆動されているようなことを上述した。
 しかしながら、近代的自我は、同一性中心主義(デリダの「ロゴス中心主義」)であるから、資本の同一性交換価値(貨幣=資本)と連続化する。これは、近代合理性と言えるだろう。だから、ブッシュ/ネオコンの事態はそれなりに複雑である。
 近代的自我があり、それに近代合理性が連続化し、後期近代/ポスト・モダンにおいては、近代的自我・近代合理性に、さらに非合理主義/宗教衝動が連続化するということになろう。即ち、近代的自我・近代合理性・非合理主義(宗教衝動)となる。これが、キリスト教原理主義、キリスト教右派の精神的様態であると考えられる。そして、当然、グローバリズムの正体もこれである。
 ベースはMedia Pointではあるのだが、同一性構造(=近代的自我)が支配的であるために、純粋なMedia Point自体へは回帰できないのである。このMedia Point回帰(=トランス・モダン化)は、プラトニック・シナジー理論のみが、理論的に解明していると考えられる。

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  • Author:sophio・scorpio
  • 2004年(平成16年)9月23日、ブログ上で、ODAウォッチャーズ氏(ブログ『海舌』)と遭遇して、新しい理論、不連続的差異論が誕生しました。まったく思いもよらぬ出来事でしたが、この結果、独創的な理論が生まれたと自負しています。とても簡潔な理論ですが、文系、理系の分化を乗り越えた統一的理論で、多くの分野・領域に適用可能だと考えられます。
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