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2007年10月31日 (16:14)

検討問題:イスラム教とは何か:タウヒードと一元=多元性

余裕がないので、ざっと書く。

1)Media Point宗教とは、一神教=多神教である。これは、イスラム教と似るのではないだろうか。イスラム教は、タウヒード【一性(いつせい)】が基本であるが、この一性は、超越性であり、そして、差異(多元性)を包摂していると考えられる。ユダヤ/キリスト教的一神教とは異なると言えよう。プラトニック・シナジー理論的宗教に近いのである。

2)差異1*差異2⇒差異1・同一性・差異2において、同一性は光ではないのか。
E⇒mc^2において、m(ic)*(-ic)=m差異1*差異2と考える。
m(ic)*(-ic)⇒mc^2は、m差異1*差異2⇒m差異1・同一性・差異2となるのではないのか。発生した光(エネルギー)は、同一性なのではないか。

  m(ic)*(-ic)⇒mc^2

において、左辺は超越光で、右辺は光としよう。そうすると、icは、いわば、元光であり、-icは元闇であろう。この式の両辺をmで割って簡単にすると、

  (ic)*(-ic)⇒c^2

である。だから、

超越光=元光*元闇⇒光

となるだろう。
 とまれ、現象とは、同一性=光のエネルギーの様態であり、それは、生成消滅の過程にある。近代主義の問題は、この、いわば、光の方程式の右辺しか見ていないことである。相対性理論や量子力学は、超越光に近づいたが、まだ不十分であると考えられる。なぜなら、超越界=イデア界を認めていないからである。
 ところで、視覚とは、やはり、超越光が光を知覚しているものだと思う。光/時空間を知覚しているのである。しかしながら、その相対的時空間に対して、意識は、超越光(超越)的次元をもっている。永遠的次元である。高次元である。超越的時間である。
 思うに、生とは、この相対的時空間=光現象の事象であり、死とは、超越的次元=永遠界=超越界=彼岸への回帰と言えよう。仏になるのである。
 問題は、霊魂と超越界である。確かに、自己は神になる。神化(テオーシス)である。しかし、個々の自己はどうなるのか。個々の自己はすべて唯一神になるのか? 結局、個とは何かという問題となる。後で検討したい。

3)受精とは、i*(-i)⇒+1の物質的表現ではないだろうか。ただし、そこには、当然、精神が欠落している。

4)近代日本の問題:戦前までは、日本人の精神にMedia Pointがそれなりに存在していた。-i→iが伝統的身体文化で、i→-iが近代西欧文化ではないだろうか。両者の中間に明治維新/天皇制日本があったのではないだろうか。しかし、明確明晰にMedia Pointに達していなかったので、つまり、連続化されたMedia Pointに留まったので、全体主義化してしまったのではないか。
 敗戦後、伝統的身体文化-i→iが否定されて、近代合理主義i→-iのみが刷り込まれるようになった。近代的自我が日本人に植え付けられ、伝統的身体文化-i→iが忘却された。三島由紀夫はこの反動である。そして、思うに、村上春樹は、無意識的には、伝統的身体文化への志向性はあるのだが、近代的自我が強固に植え付けられてしまって(アメリカ文化に洗脳されていて)、致命的に伝統的身体文化を喪失している。
 私の直感では、漱石は、伝統的身体文化と近代西欧文化の激突を体現したが、基盤には、Media Pointの駆動があった。
 私見では、アメリカに媚びた人間はだめである。大江健三郎もだめになってしまった。また、指揮者の小澤征爾であるが、アメリカに行ってだめになったと思う。最近は少し目覚めたようだが。アメリカはたいへん危険な国である。近代合理主義中心主義(近代合理主義悪霊総本山)である。狂気である。大悪魔である。
 後で補足等したい。
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