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2007年12月05日 (01:27)

思考実験:生命と精神と細胞:Media Pointの霊的生命とメディア平面の物質的生命

京都大学の新たな万能細胞形成の発見のニュースで、ネオコンのブッシュが喜んだということを聞いて、これは、単純に万能細胞を肯定するのは問題のように思えるので、少し考え直す必要があると感じた。
 先に、垂直的振動が原生命であり、原精神であると考えてきた。そして、Media Pointの共振振動によって、物質化されると考えた。つまり、ざっと言えば、原生命=原精神が物質的に誕生するということである。そして、差異が同一性と「融合」する平面、メディア平面が考えた。ここが、万能細胞ではないかと思った。つまり、差異情報があるし、同時に、それが、同一性化(有機体化)へと志向するのかもしれない。つまり、ここでは、差異情報は、連続化し、原有機体化である万能細胞になるのではないだろうか。(このメディア平面とは完全に作業仮説に過ぎないが、思うに、ドゥルーズの内在平面、ハイデガーの存在に当たるように感じられる。ある意味で、構造である。ポスト・モダン構造である。)
 問題は、Media Pointとメディア平面の関係である。前者には、差異共振性があるが、後者には、連続的差異があるのである。だから、ここには、断絶があるのである。前者は不連続であり、後者は連続ということである。
 では、ここで、本件について考えると、これまで、原精神と原生命とを一致させたが、どうだろうか。とまれ、両者は、原知的生命と考えられるよう。すると、原知的生命とメディア平面における物質的生命体(たとえば、細胞)は異なると考えられる。端的に言えば、精神的生命と物質的生命は異なるということである。以前、二三年前、霊学的発想から、霊魂と物質的生命とは異なり、前者が後者に、いわば、付着して、人間生命体になると考えた。つまり、霊が物質的身体と結合して、人間生命体となると考えたのである。どうやら、それに類した考えがここに生じたと言えよう。
 つまり、精神生命(霊的生命)と物質生命(物質身体)とは異質なものであるということである。両者、不連続であるということである。これは、正に、前近代の伝統的文化の思想であると言えよう。魂と肉体(空蝉)である。そう、一般的に、宗教的思想は正しいということになろう。霊と肉体とは不連続なのである。そして、霊は、永遠の生命ということだろう。また、それは、同一体ではなくて、振動体であるから、多様に変化するだろう。この点は後で検討したいので、ここで留める。
 結局、物質的生命科学は、後者の物質生命体を対象としているのであり、前者をまったく考慮・考察していないということになろう。霊学の霊主体従は、間違っていないのである。
 今は、ここで留めたい。
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