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2007年12月21日 (21:52)

ユダヤ・キリスト教/三位一体教の奸智について:超越的同一性の唯一神とマモン崇拝と金融資本主義

戦後日本人は、アメリカ近代合理主義に洗脳されているので、自分の民族・文化の宗教・神話が奪われていることも感じないし、また、宗教・神話に無理解になっている。度し難い感がある。迷える子羊ならぬ、迷える馬鹿である。
 ところで、クリスマスが近づいたので、クリスマスのこと、また、ユダヤ・キリスト教の狡知についてあらためて考えてみると、ユダヤ・キリスト教の奸智・狡知の多さに気がついた。それは、いわば宗教的詐欺ないしは宗教的盗作(パクリ)である。詐欺教、ペテン教、パクリ教である。では、以下、奸智・狡知・盗作をあげてみよう。

1)クリスマスは、イエスの誕生日の祝祭になっているが、これはフィクションであり、本来のイエスの誕生日は、春か初夏と考えられている。これは、冬至の祭礼を横取りして、クリスマス(キリストのミサ)に変えたのである。太陽崇拝や祖先崇拝が元の祭礼の基礎である。

2)カトリック教会における聖母マリア崇拝であるが、それは、本来、地中海の女神宗教を横取りして、取り入れたものである。イシス・オシリスの宗教・神話が基盤である。聖母子像は、イシス・オシリスが原型である。

3)聖霊であるが、これは、Media Pointにおける超越エネルギーのことを表現していると考えられるのであり、これは、普遍的な現象であり、ユダヤ・キリスト教が独占できるものではないのである。

4)天使であるが、それは、多神教の神々に通じるものだろう。あるいは、大乗仏教の菩薩や如来に通じるだろう。あるいは、神話に通じるものだろう。

5)父と子と聖霊の三位一体であるが、父とは、ユダヤ教の神であり、聖書の神ではないだろう。聖書の神はヤハウェとエローヒーム(神の複数形)の二種類である。子は、女神(母)の子であり、父の子ではない。また、聖霊とは、Media Pointの超越エネルギー(超越エネルゲイア)であり、それは、普遍的現象である。だから、これらは三者は別々であり、一体とはならないのである。三位三体が正しく、三位一体はフィクションである。

6)イエスの死と復活であるが、これは、古代の秘儀・密儀を踏襲したものである。永遠の生命とは、普遍的な思想であり、ユダヤ・キリスト教の独占できる観念ではない。言い換えると、いわば、異教の集約点としてのイエスの宗教があるのであり、いわば、超異教なのである。それをユダヤ・キリスト教としての異教から区別するのは、誤謬である。異教の縮図としてのイエスの宗教があるのである。大異教としてのイエス宗教である。私は、イエスはプラトニストであると考えている。あるいは、東洋的な叡知の伝達者である。参照:『トマスによる福音書』。

7)十字架というシンボルは、普遍的であり、ユダヤ・キリスト教の独占できるものではない。

ざっと、以上のようなトリックがある。
 結局、いちばんの問題は、三位一体というフィクション・錯誤・虚偽である。多元的なものを、無理やり唯一神において統一しようとしているのである。つまり、唯一神という超越的同一性によって統一化しようとしているのである。しかしながら、聖書には、唯一神は存しないから、ユダヤ・キリスト教会の創作である。「父」の創作、これが、詐欺の中心点である。太極原理、ないしは、プラトニック・シナジー理論から言えば、父ならば、それと対等の母がいなくてはならないが、それが存しないのは、都合が悪いからである。陰陽が本来的なのである。イザナミ・イザナギないしは太極的様相が真正・正統なのである。
 結局、いわば、ユダヤ・キリスト教会教とは、本来、さまざまな宗教を取り込んで(横取り、いいとこ取りして)、超越的同一性教を創作したと考えられるのである。
 では、超越的同一性教とは何か。これは、超越的同一性としての自我の宗教であり、また、正に、同一性としての交換価値としての貨幣信仰である。マモン神の宗教、貨幣教(貨幣狂)である。金の信者・亡者である。そして、資本主義、マネー・ゲームに帰結したのである。
 プラトニック・シナジー理論から見ると、Media Pointを実軸へと限定する志向性である。つまり、自己認識方程式から言うと、i*(-i)⇒+1をX⇒+1として、Xが不明になっていて、+1である自我から類推して、Xを超越的同一性の神にしているのである。差異を否定するので、悪魔的である。
 結局、まとめると、狡猾な虚偽的宗教であり、貨幣神宗教であり、悪魔教である。だから、邪教である。ウィリアム・ブレイクが、ユダヤ・キリスト教の父を Nobodady(誰でもない父)と呼んでいたのを想起する。ブレイクの宗教・神話は、純粋なMedia Pointの宗教・神話である。東洋的なのである。柳宗悦(やなぎむねよし)や寿岳文章がブレイクに魅かれたのも、同質性からである。

p.s. 先にも述べたが、唯一神は二種類あることを一言注意しておきたい。ユダヤ・キリスト教の唯一神は、超越的同一性であり、イスラーム教の唯一神は、Media Pointの一(いつ)の神である。私は、We are One.と言ったが、これが、アッラーである。一即多の神すなわち、Media Pointの真正な神である。根元神である。正に、大神である。
 混乱・混同を避けるため、同一性唯一神と差異共振的唯一神に分けることができよう。これでは、煩瑣なので、唯同一神と唯差一神とでも呼ぼうか。簡略して、同一神と差一神か。後で再考したい。
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