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2007年12月25日 (17:28)

シュタイナーのキリスト論と太母の子の一人イエス:ユダヤ・キリスト教の死滅と本源的太母子神道の復活

『イエスを語る』(シュタイナー・コレクション)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC/dp/4480790756/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1198563039&sr=8-1
を拾い読みしたが、私の太母の息子の一人のイエスの思想と比較すると、重要な相違が浮かぶなどして実に興味深い。(私の二人のイエスの仮説は、シュタイナーの本から来ているのである。)今は、簡単に問題点をあげると、それは、《自我》の問題である。

 今、日本語で自我と訳されている原語(ドイツ語)は何かと思って検索したら、なんとichであった。これを自我と訳していたのである! これは、完全に誤訳である。少なくとも、自己ないしは個、あるいは、ポスト・モダン風に差異と訳す必要があるのである。
 日本語に訳されたシュタイナーの文献は、この点で完全な誤りに陥っている。これは、犯罪的な、悪魔的な誤訳である。
 私は日本語の翻訳や英訳を通して、シュタイナーを読んだが、邦訳にある自我に疑問をもってきて、シュタイナーの霊学に疑問をもったものである。(思えば、フロイトの精神分析のichも自我と訳しているだろう。これも、誤りだろう。そう、これにも、違和感を覚えていた、確かに。)
 しかし、今、『イエスを語る』を読み、自我が出てきて、どうも疑問に思ったのである。キリストが自我に関係するという点が、おかしいと思ったのである。ichと自我は全く異なる概念である。
 キリストがichに関わるというなら、プラトニック・シナジー理論からも納得できるのである。何故なら、自己認識方程式は、ichの方程式であるからである。そして、ichと他者との即非関係を数理化したものであり、これは、太母の子のイエスを表すと考えられるのであるから。というのは、端的に、太母の子のイエス【異教的キリスト;もっとも、今現在では、太母の子たち、と複数形で考えたい。この複数形はエローヒーム(神の複数)と関係するのではないだろうか。神々である。ここから、ヤハウェがいったい何であるかが示唆されるだろう。この点に関しては、後で考察したい。】は、根元的なich(+i)と他者 (-i)との差異共振様態(+i)*(-i)であると考えられるからである。【ここで述べた「根元的なich(+i)と他者(-i)との差異共振様態(+ i)*(-i)」であるが、これは、ウパニシャッド哲学の梵我一如(ぼんがいちにょ)の梵、すなわち、ブラフマンに当たるだろう。そして、この我は、正に、太母の子に相当するだろう。つまり、ichである。そう考えると、自己認識方程式は、ウパニシャッド哲学の核心をも表わしていることになるだろう。思うに、根元的なichと他者とは、大ichと大他者と表わすこともできよう。巨視的に視ると、ウパニシャッド哲学もヒンドゥー教と同質であり、いわば、太母の哲学と言えよう。そう、太母子の哲学と言ってもいいのではないだろうか。当然、プラトニック・シナジー理論も太母子の哲学理論である。】
 さて、以上のように、シュタイナーの霊学(人知学)におけるichを、自己・個・差異と読み直して、シュタイナーのキリスト論と私の異教的キリスト教説を比較するとどうだろうか。
 シュタイナーはヤハウェをおそらくich原則と説いているはずである。何故なら、日本語訳では、自我原則になっているからである。そして、キリストとは、このich原則を意味して、それが、イエスに「降臨」したことになる。愚説の異教的キリスト教論では、Cosmic Media Pointと共振した太母の子としてのイエスが存するが、それは、当然、ich原則をもっているし、また、当然、差異共振法理を「帯電」しているのである。だから、シュタイナーのキリスト論と愚説の異教的キリスト教論は共通すると言えよう。
 しかしながら、シュタイナーのキリスト論、霊学的キリスト論は、父を肯定していることで、愚説とは異なるのである。問題はシュタイナーがヤハウェを ich原則と考えていることである。私見では、ヤハウェは、ich原則ではなく、自我原則、いわば、ego原則である。ヤハウェは、自我原則だからこそ、異教を暴力的に排除したと考えられるのである。イスラエルの民衆が、偶像崇拝(バール神崇拝、アシェラ崇拝、これは、明らかに、異教であり、太母信仰である。)しているのを憎悪したのである。だから、ここで、シュタイナーは根本的な誤謬を犯していると考えられるのである。ヤハウェは自我原則であり、ich 原則(自己・個・差異原則)ではないのである。
 ich原則は太母から発するのであり、ヤハウェからは自我原則が発するのである。この混同のために、シュタイナーのキリスト論は、私は批判するユダヤ・キリスト教的残滓を留めることになったのである。そう、言い換えると、ヤハウェの自我原則とは、同一性原則である。これが、イエス・キリストに侵入しているのである。そして、これが、現代の途轍も無い諸々の災厄の根源なのである。
 ということで、ichの視点から、シュタイナーのキリスト論を批判して、愚説の異教的キリスト教論を説くことになった。思うに、キリストという名称を避けるべきである。異教的太母子教である。また、異教という名称も廃止すべきである。原教、本教、真教、根源教、本源教である。本源的太母子教である。

p.s. さらに、教も廃止して、道とすべきかもしれない。本源的太母子道である。それとも、本源的太母子法はどうだろうか。
 

参考:
アントロポゾフィー指導原理 (11)
11.
《私》(自我)として統合される自己意識は、意識のなかから浮かび上がってくる。この意識が発生するのは、物質体とエーテル体の諸力によって、物質体とエーテル体自身が解体(分解)され、精神的なものが人間のなかに入り込むときである。物質体とエーテル体の解体のなかで、意識生活が展開されるための土台がつくられるのである。しかし、生体そのものが破壊されないためには、この物質体とエーテル体の解体の後に、その再構築が続かなければならない。それゆえ、意識体験のために解体作用が生じたなら、まさにそこで解体されたものを再び構築しなければならない。この構築作用を知覚するとき、そこに自己意識が体験される。人は、内的直観のなかで、この過程を跡づけることができる。単に意識されたにすぎないものに対して、自分自身の内から、その模像をつくりだす。すると、それによって意識が自己意識へ移行するのを感じることができる。単に意識されたにすぎないものは、その像を、生体のなかの、いわば解体作用によって空虚になった部分に持っている。その空虚さが、内面から再び満たされたとき、その意識は自己意識のなかへ引き込まれるのである。この「満たす」能力をもった本性が
《私》(自我)として体験される。(訳・入間カイ)

11.
Das Selbstbewußtsein, das im «Ich» sich zusammenfaßt,
steigt aus dem Bewußtsein auf.
Dieses entsteht, wenn das Geistige in den Menschen dadurch eintritt,
daß die Kräfte des physischen und des ätherischen Leibes diese abbauen.
Im Abbau dieser Leiber wird der Boden geschaffen,
auf dem das Bewußtsein sein Leben entfaltet.
Dem Abbau muß aber, wenn die Organisation nicht zerstört werden soll,
ein Wiederaufbau folgen.
So wird, wenn für ein Erleben des Bewußtseins ein Abbau erfolgt ist,
genau das Abgebaute wieder aufgebaut werden.
In der Wahrnehmung dieses Aufbaues liegt das Erleben des Selbstbewußtseins.
Man kann in innerer Anschauung diesen Vorgang verfolgen.
Man kann empfinden,
wie das Bewußte in das Selbstbewußte dadurch übergeführt wird,
daß man aus sich ein Nachbild des bloß Bewußten schafft.
Das bloß Bewußte hat sein Bild
in dem durch den Abbau gewissermaßen leer gewordenen des Organismus.
Es ist in das Selbstbewußtsein eingezogen,
wenn die Leerheit von innen wieder erfüllt worden ist.
Das Wesenhafte, das zu dieser Erfüllung fähig ist, wird als «Ich» erlebt.
(Rudolf Steiner)
http://blog.goo.ne.jp/iruma-kai/m/200709

入間カイのアントロポゾフィー研究所


参照1:
アシェラ

Asherat
Ašerat,Asherat,Ashrah,Aţrt,Ba'alat,アシェラ,アシェラト,アシェラ=ヤム,アシラ,アシラト,バアラト
地域 イラク・メソポタミア
伝承 フェニキア神話
概要 フェニキアの大地母神。エルの妻,バアルの母。
参考文献(書籍)

1. 健部伸明 『幻想世界の住人たち II』 (新紀元社, 1989) - p. 252
2. 山北篤 『西洋神名事典』 (新紀元社, 1999) - p. 19,271,273

関連レコード

1. エル
(イラク・メソポタミア)   フェニキアの天空神,至高神。アシェラの夫..
2. バアル
(イラク・メソポタミア)   フェニキアの主神。「主」。エルとアシェ..

http://myrmecoleon.sytes.net/iib/view/ASR002.html
西洋神名事典

参照2:

バール神

 1969(昭和44)年6月12日読売新聞に、天竜川中流域の静岡県水窪町で、紀元前600年頃と推定される、文字が刻まれた石(水窪石)が発見されたと報じられた。解読の結果「バルーツ(女神)ガシヤン(男神)に奉る」と書かれていることがわかった。

 バルーツとは、フェニキア民族の根拠地・シリア地方の自然神バールの女性形同一神である。フェニキアという名は民族の守護神・フェニックス(不死鳥)に由来するのだが、ガシアンは鳥=主神という意味である。

 同様の文字は、アケメネス朝ペルシャの円筒印章やパキスタン岩絵、インド洞窟画、中国岳神図、朝鮮石壁文字、さらには北米東海岸・ニューハンプシャー州ミステリーヒル碑文からも発見されていて、当時のフェニキア人の足跡が偲ばれる。

 フェニキア人はBC1500年頃、アルファベットを実用化した事で知られている。ユダヤ人や有色アジア人種と同じセム族で、自らはカナン人と称していた。カナンとは、東地中海のシリア・レバノン・イスラエル北部の海岸地帯を指す。

 彼らは海の遊牧民と言われる海洋交易民族で、トルコのビザンチオン(イスタンブール)、ロードス島、キプロス島、シチリア島、クレタ島、ギリシャのアテネやスパルタ、北アフリカ・カルタゴなど、地中海全域に根拠地を建設し、スーダンの金やレバノン杉などを交易していた。

 外洋航海の技術や知識は、クレタ流と言われる。BC2000~1700年頃に栄えたクレタ文明のミノア人も、優れた海洋民族だった。ギリシャの歴史家・ヘロドトスは、フェニキア人が紅海を発して南の海を航行し、3年目にヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)を回って再びエジプトに帰ってきたと、アフリカ大陸周航の事実を記している。

 またフェニキア人は、当時スペインやフランスに居住していたケルト人と、鉱山開発や貿易を通じて協力関係にあった。ケルト人は、ドナウ・ライン・セーヌ・ロワール川などの河川を利用した交易集団でもあった。フェニキア船団は、ケルト人やユダヤ人、エジプト人やギリシャ人などが混在する多民族混成旅団だった。

 しかし彼らには共通の信仰があった。セム語で「主」を意味する牛の神バールである。クレタのミノッソス、エジプトのイシスも牡牛に象徴される。ユダヤ王ソロモンの玉座には、黄金の仔牛アモンが刻まれ、ゾロアスター教のミトラ神の原型もバール神である。何故牡牛なのかはよくわからないが、源流は伝説のアトランティス文明にあるとも言われている。

 さて、こうした事をふまえた上で、再びBC600年頃の静岡県水窪町に話を戻そう。当時は大和朝廷初代・神武天皇が即位したとされる頃で、出雲・丹後・大和の王朝がゆるやかに連合していた、弥生時代中期である。水窪という地は、縄文の頃から黒曜石の産地として知られていた。

 おそらくフェニキア船団員は、現在「糸魚川・静岡構造線」として知られている断層線に沿って、金銀銅鉄などの鉱脈を探していたのだろう。鉱山師は川筋の鉱物を見てあたりをつけ、鉱脈を探すという。水窪石は、その為の願かけだったのかもしれない。

 水窪から天竜川を源流まで遡ると、信濃国諏訪湖がある。この周辺は良質な粉鉄(こがね)(砂鉄)の産地だった。出雲神話で大国主命の国譲りに反対した息子の建(たけ)御名(みな)方神(かたのかみ)は、建(たけ)御雷之(みかず゜ちの)男神(おかみ)との相撲に負けて諏訪へ逃げるわけだが、当時から出雲国の重要拠点だったのだろう。

 鉄が日本史に登場するのは2~3Cの古墳時代だが、紀元前1800年頃からトルコのヒッタイトで使用されていたわけだから、フェニキア人たちが知らないはずはない。アムートゥという鉄は、エジプトとの間で金の5倍、銀の40倍の価格で取引されていた。お宝を探し当てたフェニキア人たちが、諏訪に住みついた

と想像してみたくなる。諏訪大社南方に守屋山という名の山があるが、創世記22章の「アブラハムがモリヤ山で息子イサクを生け贄として神に捧げた」という、ユダヤ的なエピソードを連想させる名前である。

 出雲王朝は、BC1046年に牧野の戦いで周に滅ぼされた殷王朝亡命難民が主要な構成員であり、日本に弥生時代の稲作文化や銅剣・銅鐸文化を招来したと思われる。殷はシュメール古拙(こせつ)楔形(せっけい)文字に似た甲骨文字を創始し、亀甲占いを行う。なるほど出雲地方には亀甲神紋が多く、亀甲占いは皇室の秘事と聞く。

 殷はBC2070年に成立した、南方系龍蛇(ナーガ)信仰の「夏」を滅ぼし、BC1600年に成立した国だが、道教神話では夏以前の神話時代、石の巨人・磐(ばん)古(こ)、蛇身の女神・女媧(にょか)、牛の角を持つ炎帝神農の元始三皇に始まるとされる。この炎帝神農こそバール神であり、古韓国語ではスサという。牛頭(ごず)天王(てんのう)の別名を持つ「スサノオ」である。

 なぜ殷王朝にオリエント・地中海世界のバール神なのか。殷族とは本来、アーリア系イン族とされる。加えてシュメールのウル第3王朝がBC2024年に滅亡した事と、かなりの関係があるように思われる。神話では易経と文字の発明は伏羲(ふくき)の役になっているが、崑崙山を越えて来たシュメール文明の末裔たちが創始したのではないかと。

 殷は天地自然の神々を信仰し、王を支える武士団が存在し、殉死の風習があった。周に殉死はない。一族の旗印は白。周は赤。民族の守護神は、フェニキア人同様に鳥(鳳凰)だった。

http://www.h5.dion.ne.jp/~kame33/0-55.htm
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