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2007年12月30日 (23:54)

視覚と物質主義との関係:視覚の同一性化と差異の視覚の否定

視覚と物質主義との関係:視覚の同一性化と差異の視覚の否定
テーマ:差異と同一性
私の経験から言うと、視覚世界に対して、近代科学は、物質界であると説明する。そのため、意識において、視覚現象界は物質界であると刷り込まれる。それに対して、内面においては、想像世界が広がる。視覚現象界は物質界(唯物世界)であり、内面世界は想像世界の二律背反が生起する。これが、近代主義による心の分裂である。
 内面世界を重視した世界観として、ロマン主義等があるが、結局、資本主義の世界は、視覚現象界=物質界ということが基盤となり、近代科学/技術をもって、進展した。結局、物質性=同一性=近代合理主義が中心化された。
 近代合理主義は明らかに、心を硬直・冷暗(暗黒)化するものである。そして、現代日本はこれに徹底的に染められている。
 明らかに、矛盾・分裂の原点は、視覚現象界を物質界と限定したことにあるだろう。(フッサールは、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』でこれを問題にした。)正確に言うと、物質界が数量化されるものとしたことにある。ここで、物質の数量的同一性が支配的になったのである。そして、視覚の心が数量的同一性化されたのである。
 丁寧に見ると、視覚の心は本来、差異共振性ないしは差異であるが、これが同一性志向性をもち、自己否定的になる。もっとも、差異共振性ないしは差異は潜在している。この視覚の心の同一性志向性と物質数量性が結びつくのである。その結果、視覚現象界は物質主義的世界と見なされるのである。
 排除された差異共振性・差異は、芸術や宗教等に表現されることになるが、物質世界と心的世界は分裂したままである。これは、モダンの矛盾状況であるが、これが、ポスト・モダンの基盤となる。
 とまれ、資本主義の発達とともに、心的世界は阻害されて、物質数量同一性主義(近代合理主義/唯物論/近代的自我)が中心化される。人間の機械化、ロボット化、家畜化である。
 本来の視覚の心の差異の光が翳り、同一性の暗い光が支配するのである。そう、近代を支配しているのは、暗黒の光である。本来の光が抑圧されているのである。
 もっとも、同一性の光から差異の真光を見ると、めくらんで、それが、闇や無に見えてしまうのである。三島の無がそうであると思われるし、D.H.ロレンスの闇もそうであろう。(ハイデガーの無とは、同一性が差異にぶつかったときの壁の無であるから、差異の無ではない。)ここに近代の悲劇があるのである。物質的同一性(近代合理主義/唯物科学)が刷り込まれているので、差異の光、心の光が見えないのである。
 これで、物質界としての視覚現象界の形成が説明できただろう。差異ないしは差異共振性としての視覚現象界が排除されているのである。同一性の光(闇の光)だけを見て、本源である差異(差異共振性)の光、心の光を否定しているのである。同一性主義(同一性霊=アーリマン)が憑依しているのである。日本においては、とりわけ、東京において、アメリカ権力の同一性霊が取り憑いているように思える。また、マスコミに憑依している。マスコミは悪霊が憑依しているのである。除霊するには、心の光を取り戻す必要がある。そして、根本的には、差異共振社会を構築する必要があると言えよう。

p.s. フッサールの生活世界とは、差異共振性を基礎とする共同体のことであろう。差異共振生活共同体である。
 
参照1:

フッサール は実証科学が着々と成果を挙げていることを認めた上で、しかし「学問に対する一般的な評価の転換」が現れたという。それは

「学問の学問性にかかわるものではなく、むしろ学問一般が、人間の生存にとってなにを意味してきたか、またなにを意味することができるか、という点にかかわる」という。

一九世紀の後半には、近代人の世界観全体が、もっぱら実証科学によって徹底的に規定され、また実証科学に負う「繁栄」によって徹底的に眩惑されていたが、その徹底性たるや、真の人間性にとって決定的な意味をもつ問題から無関心に眼をそらさせるほどのものであった。単なる事実学は、単なる事実人をしかつくら ない。このような傾向に対する一般的な評価の転換は、特に〔第一次大〕戦後避けることのできないものとなったが、われわれも知るように、それが若い世代のうちに、次第にこのような傾向に対する敵意に満ちた気分を惹き起こすまでになった。この事実学はわれわれの生存の危機にさいしてわれわれになにも語ってくれないということを、われわれはよく耳にする。(p20)

事実学の「このような傾向に対する敵意に満ちた気分」は、老フッサール 自身のものではないだろう。彼はそれが「若い世代のうちに」惹起しているのを知った。そして「この事実学はわれわれの生存の危機にさいしてわれわれになにも語ってくれない」という不満を耳にしたのである。

フッサール は、その気分に同調したり、その不満に直接応えようとしたりするわけではない。ただ、次の点を指摘する。

この学問は、この不幸な時代にあって、運命的な転回にゆだねられている人間にとっての焦眉の問題を原理的に排除してしまうのだ。その問題というのは、この人間の生存に意味があるのか、それともないのかという問いである。

実証科学といえば、まず第一に自然科学 のことだけれども、事情は「歴史性の地平における人間を考察する精神諸科学」、歴史学 に代表される人文諸科学についても同じである。
http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20071125/1196005590
恐妻家の献立表
参照2:
$1415 フッサールの「諸学の危機」と相対性理論 「今日どんな本をよみましたか? (112700)」
[ 社会と哲学 ]
以前のこのブログ で、フッサールは、彼が現象学を深めた時期に大論争を呼んだ相対性理論について何も言及していない、ということを書きました。本日はまずこの点につきまして、訂正いたします。

実は、西研氏の哲学的思考 を読む限り、危機とされる「諸学」が何であるかという点について判然といたしません。そこで、「ヨーロッパ諸学の危機」を読み返してみました。そうしたら、なんと頭の部分に書いてありますね。つまり、フッサールが「ヨーロッパ諸学の危機」というテーマに取り組んだ契機の一つには、長い間絶対的な真実である信じられてきた、ガリレオ、ニュートンの打ちたてた物理学が、プランクやアインシュタインによって否定されたことがあった、というわけです。

ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学 ですが、最近では中公文庫から出ております、お値段税別1,190円のお買い得なのですが、ここでは手持ちの「世界の名著」から細谷恒夫訳で引用することといたします。

学問一般といえば、その中には、厳密な、そして最も成果ある学問性の模範として、我々が驚嘆してやまない純粋数学や精密自然科学も含まれるわけであるが、それらの学の危機を語ることなどどうしてできようか。たしかにこれらの学も、その理論体系と方法論全体に関して変わりうるものであることが示されている。現にこの点に関しては、古典物理学の名称のもとで硬直しようとしていた様式、いわゆる古典的完成として数千年のあいだ保持されてきた様式が、ごく最近破られることになった。しかし、古典物理学の理想に対抗して勝ちとった勝利や、純粋数学の意味深く純粋な構成形式をめぐる現在進行中の論争は、従来の物理学や数学がまだ学的でなかったとか、また、それらの学がある種の不明確さやあいまいさにつきまとわれていたとはいえ、その研究の領域においては明証的な洞察を得ていなかった、とかいうことを意味するのであろうか。

と、いうわけで「ヨーロッパ諸学の危機」はニュートン力学崩壊の現場に居合わせたフッサールが、自然科学の基礎付けと、古い論理の価値の再確認を目指して行った講演と、それをもとにした著作であった、と考えるのが妥当ではないかと思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/neuron/diary/200608130000/
ニューロンとワイヤの狭間から

参照3:
http://209.85.175.104/search?q=cache:7BaGy1AJoGwJ:www.mus-nh.city.osaka.jp/iso/argo/nl11/nl11-17-26.pdf+%E3%83%95%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%80%E5%8D%B1%E6%A9%9F&hl=ja&ct=clnk&cd=11&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox-a

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