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2008年01月14日 (15:30)

同一性主義のもつ心的脆弱さについて:差異の排除と邪心:Media Pointの構造点と超越点:第二版

これは私の経験からも言えることだが、同一性主義(近代合理主義/近代的自我)を信奉する人間の心には、有り体に言えば、弱さ、一種の脆弱さがあると思うのである。この心的脆弱さと同一性主義の関係を考察したい。
 これは、心的エネルギーの問題である。同一性主義へと志向しないと心的エネルギーが強化されないということなのだろう。
 心的エネルギーとは、Media Pointという心身の原点の様相である。(心身の観点から言えば、Media Pointは、イデア点でもいいだろう。イデア振動点、イデア波動点でもある。)Media Point(以下、暫定的に、イデア点とする)は、ここでは、差異の側面と同一性の側面が併存しているが、両者は対極的であり、引きつけあったり、反発したりしているのである。極性があるのである。
 この極性様態は、いわば、デリダの差延様態である。Aという事態に対して、イデア点は、Aでもあり、非Aでもあるという反応を起こすのである。
 この即非的様態が、主体における弱さを生み出すのではないだろうか。だから、主体は、ある事態に対して、同一性態勢を構築するのではないだろうか。これにより、イデア点の差異側面を排除して、同一性データで事態に対処して、「安心」するのである。
 結局、この同一性態勢が同一性主義となり、近代合理主義/近代的自我となるだろう。それは、差異を恐れているのである。この差異への恐怖が、いわば、邪悪な心性となるのだろう。猜疑心、嫉妬、悪意、侮蔑、妄想、等々の邪心を生み出すだろう。
 当然、同一性主義は、心的脆弱さへの保障であるから、自我肯定・自尊心・慢心・傲岸さ等を生むのである。自我主義(無明)・利己主義である。【p.s.  ここで、経済について言うと、サブプライムローン問題についてであるが、それは、正に、同一性主義に駆動されていて、非理性主義(理性はMedia Pointの知に存する)なのである。つまり、心的脆弱さから発する同一性主義とは、ただただ同一性=同一性交換価値を追求する狂気であるということになるのである。パラノイアとも言えよう(メルヴィルの『白鯨』の白鯨モゥビィ・ディックを追求する偏執狂・モノマニアのエイハブ船長である)。同一性価値が排除的中心価値となり、差異・差異共振価値を排除しているのである。p.p.s. 同一性が同一性をさらに追求する連鎖があるのである。これを同一性連鎖ないしは過剰同一性主義と呼んでもいいだろう。これが狂気である(p.s.  真理とは、差異を基盤とした同一性の構築にあり、常に、差異と同一性との絶えざる創造的対話によって進展していくものと考えられる。しかるに、同一性主義は、同一性に基盤をおいて、さらに、同一性を追求するので、没真理・誤謬・妄想・妄念、端的に、狂気なのである。)。差異排除である。同一性以外に差異を認識すれば、同一性に対する相対的認識(真の理性認識)が生まれて、同一性に対する批判精神が生まれて、たとえば、サブプライムローンに没入することはなかったはずである。そう、批判精神とは、差異の感識・意識・知から発していると言えよう。現代日本人に批判精神が欠落しているのは、差異がないからである。また、マスコミが鋭敏な批判精神が欠落して、御用新聞・御用メディアとなっている原因も、やはり、差異の精神が欠如しているからである。(批判と非難は異なる。)「マス」(多量、大量、塊)という発想がいかにも同一性主義である。マスコミの終焉があると言えよう。ミクロ・コミ/ミクロ・メディアの時代である。そう、また、戦後の終焉である。トランス・ポスト・ウォーである。】
 以上で、本件は解明が終わったが、付加して、同一性主義と構造主義との関係をみたいのである。同一性主義とは、イデア点における同一性の極大化である。そして、構造主義とは、イデア点における同一性志向性を中心化させたものである。
 そう見ると、両者は、イデア点における差異の排除と同一性の中心化という点で共通していると言えよう。つまり、近代合理主義と構造主義は一致するということであろう。ただし、構造主義は、同一性主義の自覚という点では、一歩前進してはいるのである。言い換えると、構造という発想自体が、超越論性をもっていて、それが、単なる同一性主義とは区別されるということになる。
 そして、構造はイデア点にあるのであるが、正確に言えば、イデア点の実軸に存しているのである。私は先にそれを構造点と呼んだのである。整理すると、

Media Point(イデア点)⇒構造点⇒構造主義⇒同一性主義

となる。
 ここでついでながら、ポスト・モダンの意味について再確認すると、ポスト・モダンないしはポスト構造主義とは、構造点を指摘した理論であった。デリダの場合、それが差延であり、ドゥルーズの場合は、差異(微分)であった。
 しかしながら、差延という概念において、差異と同一性との、連続性と不連続性との揺らぎ(脱構築性)を説いた点では、デリダ哲学の方が、ドゥルーズ哲学よりも進んでいたと言えよう(これまでは、デリダ哲学にも、差異と同一性との連続性を見たが、それは間違いであったので訂正しておきたい)。
 とは言え、デリダはフッサールを批判して、ハイデガーを肯定的に捉えているので、フッサール現象学のブレークスルーであった超越性の観念を否定してしまい、構造点の揺らぎで留まり、袋小路に陥ったと考えられるのである。
 結局、ポスト・モダン理論とは、Media Pointの構造点を指摘した理論であり、デリダはそこの実軸における揺らぎを指摘し、ドゥルーズはそれを連続化して差異を微分化したのであり、両者はフッサールが到達したイデア点の超越性には届かなかったのである。いわば、Media Pointの超越点には達しなかったのである。
 これまで述べてきたように、ポスト・モダン理論は、ハイデガー哲学の影響下にあると考えられるのであり、フッサール現象学(ハイデガー哲学は、似非現象学である。ハイデガー哲学は、あえて言えば、構造点哲学である。)を看過しているのである。正確に言えば、フッサール現象学(あえて言えば、超越点哲学である。)のブレークスルーである超越性(超越論的主観性)を理解できなかったのである。
 ここでさらに追求するなら、どうして、フッサール現象学のブレークスルー(本当は、イデア論的高次元の再発見である)が看過・無視されたのか、である。哲学史上は、いちおう、現象学の画期性を説かれているが、それが真に理解されなかったと考えられるのである。この原因は、やはり、これまで述べてきたように、フッサールの「弟子」のハイデガーであると考えられるのである。
 超越論的主観性から存在への切り替えが問題である。存在については、後述するが、問題点をあげると、フッサールに残っていた同一性の志向性が揚げ足を取られたと思うのである。
 さて、存在について言うと、ハイデガーは華々しく、と言うか、野心的に、乃至は、はったり的に、西洋哲学史における存在忘却と言うが、存在をプラトニック・シナジー理論的に見ると、それは、自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1における-iを中心化した哲学ではないだろうか。確かに、西洋哲学においては、+iが常に中心化されてきた。だから、-iが忘却されてきたというは、ある意味では正しいが、しかしながら、差異共振性という根源を考えると、それは、同一性主義に対する反動なのである。確かに、ある主の差異主義であるが、それは、同一性を否定するのである。つまり、反動的差異主義なのである。これは、ポスト・モダンのアイロニカルな没入とほぼ同じ事態である。-iを過大視して、反動化するのである。認識という同一性に対して、存在という差異を言うが、反動的に同一性に没入するのである。
 ハイデガーの説く本来的存在とは、正に、差異をもつものの同一性(自我)へと収斂するのである。そして、それは、無に対しているのである。この無は反動によって、差異共振性を否定したところに発生する無である。暗い無である。(仏教等の無・虚無は、明るい無と言えよう。)
 最後に推測的に補足すると、後期ハイデガーであるが、結局、差異の反動から神秘主義へと展開しているように思えるのである。問題はやはり反動であるから、神秘的同一性に帰してしまうことである。これは、差異共振的一(いつ)ないしは即非的一とは似て非なるものである。神秘的同一性は、全体主義に通じると考えられるのである。【D.H.ロレンスの神秘思想は、一見、ハイデガー哲学に似ているが、基本的には異なると見るべきである。ロレンスは基本的には、三元論であり、差異共振性を聖霊として考えているのである。確かに、一時期、ハイデガーのように、-i=身体性(=存在)へと傾斜したが(dark Godを説いた)、晩年期には、それから脱して、差異共振性へと回帰したと考えられる。】
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