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2008年03月23日 (00:48)

ポスト・モダン様態の近代的自我の心的病理相について:差異エネルギーを無意識的に暴圧する近代的自我

近代的自我の「狂気」についてはほぼ解明できたと思っているが、まだ多少不明瞭な箇所があるので、ここで検討したい。
 結局、問題点は、同一性主義が自己完結して、差異とは乖離してしまうのか、それとも、差異のエネルギーに突き動かされて、同一性主義が暴力化するのか、である。
 先に前者の考えをとったが、それ以前はずっと後者の考え方をしてきたのである。また、直近の結論では、両者同じことであると述べたと思う。精緻に考える必要がある。
 ポスト・モダン様態では、同一性の生成エネルギーが衰退して、差異のエネルギーが発動するようになるとしよう。これは、陰のエネルギーの発動と考えられる(仮説)。
 近代的自我は差異の抑圧否定によって成立する。つまり、近代的自我の同一性主義と差異(共振性)には壁がある。しかしながら、ポスト・モダン様態においては、差異エネルギーが賦活されて、同一性主義の壁を圧迫すると考えられる。しかしながら、近代的自我はそれをまったく感知していないので、無意識の差異(共振)エネルギーの圧力の影響を受けることになると考えられる。つまり、賦活された差異エネルギーの圧力に対して、同一性主義の近代的自我はそれを無意識のうちに、抑圧するのであるが、差異エネルギーが当然、動態なのである。同一性主義による無意識の抑圧も動態となるのであり、それは、端的に、無意識の暴力的なもの、即ち、衝動的な暴力的なもの、非合理な暴力的なものになると考えられよう。
 正に、この暴力的なものが、狂気と言えるだろう。(私が近代的自我は狂気であると言うのは、特にポスト・モダン様態において言えるだろう。)差異的なものを無意識の内に衝動的に暴圧するのである。この衝動的暴圧が狂気と言えよう。(そう、近代的自我は傲慢でもあるので、狂気暴圧的傲慢さをもつとも言えよう。端的に、悪魔的様相である。)
 ということで、本件であるが、やはり、先の結論通り、同一性主義は、差異から乖離すると同時に、差異のエネルギーを暴圧するので、反動的衝動性をもつのである。これは、確かに、パラノイアであり、「統合失調症」であり、また、うつ病的であろう。
 今日の心の病の内因がここにあるのではないだろうか。また、先にも言ったが、差異を意識・認識する教養知性が欠落していることも、心の病を蔓延させている一つの要因だと思われる。
 最後に付加すると、このポスト・モダン様態の近代的自我はどうなるのだろうか、という問題があるのである。狂気の様態であるが、どうなるのか。差異エネルギーはさらに賦活されると考えられるので、差異エネルギーの動態の強化と同時に近代的自我による無意識の暴圧衝動が生起するので、近代的自我の狂気は度を増して、そのままでは、決定的に狂人廃人となるだろう。
 差異を感知し、意識し、認識し、差異を主体とすることを学ぶ必要があると考えられるのである。これは、同一性主義にとり、驚天動地であろう。新しい天地である。
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