2005年09月10日 (21:51)
新自由主義を哲学する:弱肉強食の思想と差異共存志向の思想
新自由主義を哲学する:弱肉強食の思想と差異共存志向の思想
ハリケーン・カトリーナによって、新自由主義は、打撃を受けて、小さな政府から、必要な政府という方向に風向きが変わるだろう。もっとも、官と公は区別しないといけない。日本語だと、混同される傾向にあるだろう。お上=公(パブリック)ではない。
また、首相の「官から民へ」の「民」は、民間大資本ということであり、日本「人民・民人」のことではない。これも確認しておこう。
さて、ここでは、政治学の見地ではなくて、新自由主義を生む思想源について、考えたい。これは、古典経済学に起源があるだろうが、それよりは、もっと哲学的に考えたい。つまり、近代の問題である。近代における個体の問題である。私は、自我と差異とを明確に区別して、いわゆる、近代主義は、自我に、ポスト近代主義は、差異に関わると考えている。そして、近代は、差異主義であるイタリア・ルネサンスへの反動である宗教改革・プロテスタンティズムに起源があると考えている。
哲学的には、当然、デカルトが問題となる。デカルト哲学には、自我と差異の両面が存していると考えられるのである。とまれ、近代主義とは、自我主義である。これは、差異を否定するのである。差異であれば、差異共存志向性があるから、公益、相互扶助、共助等の社会志向性がある。これは、実は、欧州にある志向である。つまり、欧州は、近代主義を生みながらも、それに対抗する差異共存の思想をもっているといえる。これが、ポスト近代主義、メタ近代主義の思想になるのである。(これは、ジェンダー論的には、欧州には、母権思想が強いと言うべきである。地中海沿岸の国は、そうであるし、古ヨーロッパの前アーリア民族文化も、「遺伝子」としてあるだろう。)しかし、近代西欧・米が支配的になり、自我主義、自由主義、個人主義が強化されて、古典経済、そして、究極的には、新自由主義やlibertarianismが生じたと言えるだろう。(思うに、アナーキズムのシュティルナーの唯一者の思想とは、これらに近いのではないだろうか。)
自我主義・近代主義とは、差異の否定である。それは、差異への反動形態をもつ。精神的には、2項対立、優劣、善悪、二元論の思想であり、憎悪、侮蔑、嫌悪、傲慢の感情をもって、支配的である。これが、新自由主義にはっきり現れている。今回のハリケーン・カトリーナのニューオーリンズ直撃は、そのことを白日の下にさらした。ブッシュは、民主主義を唱えるが、それは、政治形態としての民主主義(間接民主主義)に過ぎず、社会組織としての民主主義ではない。民主主義も、数えなくてはならない。民主主義たち、democraciesである。だから、ブッシュのは、政治形態的民主主義と呼ばないといけなく、また、それは、社会組織的民主主義を欠落させているのであり、欠陥民主主義である。
とまれ、ここに来て、自我/近代主義の資本主義の中味が露呈されたと思う。黙示録的終末論である。自我/近代主義とは、政治形態的民主主義をもったが、社会組織的民主主義を否定するものである。つまり、自我/近代主義は、民主主義としては、パラドクシカルである。たいへんな矛盾を抱えた問題であり、完成的形態からはほど遠いのである。ここで、差異/ポスト近代主義、差異/メタ近代主義が明確に出現する。
この哲学的意味を考えると、必然性があると思う。不連続的差異論から見ると、いわゆる現実である現象界を創っているのは、メディア界である。そして、メディア界における反動から、自我/近代主義が形成されたのであるが、しかし、源泉は、メディア界であり、メディア界には、差異共存志向性が、潜在的に活動しているのである(エネルゲイア)。これは、反動である自我に対して、いわば反復強迫のように、反復されるのである。つまり、自我に対する攻撃をするのである。ジュリア・クリステヴァ風に言えば、ル・セミオティック(原記号作用)がル・サンボリック(象徴・言語作用)を襲うのである。そう、根源の差異共存志向性が、自我を解体せんとするのである。これは、哲学的には、ニーチェ/フッサール哲学が震源である。結局、人間存在の根源の必然性から、自我/近代主義は、解体されると言えるだろう。結局、新自由主義に取って代わる、差異共存主義が出現するのである。これが、新しい政治思想である。
p.s. 思うに、スピノザ哲学は、差異共存主義の先駆であろう。また、スピノザ哲学をどう捉えるのかの問題もある。先に述べたが、スピノザ哲学は、デカルトを受けて、ある意味で、個・差異の哲学を形成したと思う。先にも触れたが、能動的観念という考え方は、現象学的還元性をもっているのではないか。この点は、後で、再検討したい。
参考
新自由主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
新自由主義(しんじゆうしゅぎ)、ネオリベラリズムとは、政府 の機能の縮小(ダウンサイジング)と、一切の規制の廃止、市場原理 の絶対化を特徴とする経済 思想である。
1980 年代、英国 首相のマーガレット・サッチャー とアメリカ合衆国 大統領のロナルド・レーガン が新自由主義を先駆けて実行した。サッチャー政権は、電話、ガス、航空などの各種国有企業の民営化や規制緩和、金融改革などを断行。 日本 においても中曽根康弘によって電話、鉄道などが民営化された。
1990年代 に入ると、日本 では小沢一郎 が、著書「日本改造計画」で、新自由主義の思想を集約した。 「日本改造計画」では、既存の市町村 の全廃と300都市への削減が述べられている。 2000年以後に現れた、韓国の金大中 政権や、日本 の小泉純一郎 政権や竹中平蔵 蔵相(正式には経済財政担当大臣)の政策も、新自由主義の典型である。
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新自由主義の弊害
新自由主義について、「国民の生存権の保障」を、「『サービス』という名の営利事業」に変えたものであるとの指摘がある。つまり、従来は民だと撤退する準公共財の供給事業を官が補完していたが、新自由主義はそれを否定し、「民(=大企業)こそ絶対だ」という一元的な発想に基づいていると言うのである。
国営事業の民営化による弊害の例としては、アメリカ合衆国 のアトランタ における水道 事業の民営化やニュージーランドにおける郵便・電力・航空事業の民営化等がある。前者においては、水道管の点検と交換がままならなくなり、銹びた水が噴出して、ペットボトルが必需品となっているという。後者においては一旦民営化が行われたものの、様々な問題が噴出したために再国営化が行われた。
新自由主義者に共通する特徴は、大企業 の横暴への放免と、労働者 への迫害(例:日本の産業再生法 、韓国の整理解雇法 )であるという主張もある。
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関連項目
* 資本主義
* 自由主義
* 新右翼 (新保守主義 )
* 労働運動
* ミルトン・フリードマン
* フリードリヒ・ハイエク
シェイクスピアの不条理な『リア王』等の悲劇は現代日本だ。
愚劣なリア王やグロースター(日本国民)は、娘ゴネリルやリーガンの美辞麗句やエドマンドの策謀(小泉やマスコミ)に欺され、遺産(郵貯、簡保、郵便)を奪われる。そして、誠実で、実直な末娘コーディリアたち(良識派)は、追放され、惨たらしい結末を迎える。シェイクスピアは、現代日本を予見していたみたいだ、およそ400年前に。
しかし、シェイクスピアは、近代の出発点の悲劇を描き、現代日本は、近代の末期の悲劇を露呈している。そう、この化け物の首相の時代を越えると、新しいメタモダンの時代があるのだ。メタモダンの黎明だ。ならば、今の悲劇は、喜劇である。
自我/近代主義的非合理主義から差異/メタ近代主義へ向けて
首相の選挙演説は、お題目を唱えることであり、念仏選挙と言うべきだと思う。そう、公明党は、創価学会であり、それは日蓮関係である。南無妙法蓮華経である。郵政民営化改革=南無妙法蓮華経である。
とまれ、私は、今日、感情に流される日本人を分析したい。彼らにとっては、知性や理性は、嘲りの対象である。情動性が占めているのである。非合理主義である。フロイト的に言えば、死の欲動である。死の本能である。これは、自我の裏返しである。自我のもつ非合理衝動である。
どういうことかと言えば、本来、自我とは、差異共存志向性への反感である反動であるから、根本的に非合理主義である。つまり、自我とは、理性ではなくて、反感という非合理的感情を基盤にもっているのである。そして、生活が苦しい困難な時代となったとき、この反感・反動的な非合理主義が奔流となると言えるだろう。つまり、自我/近代主義/大資本主義において、金融資本主義となると、「新自由主義」的な時代(弱肉強食の時代)となり、一般人は、苦しい生活となる。このとき、自我の反感・反動の非合理主義が支配・主導的となるのである。このような時は、理性、知性、智慧、叡智ではなく、「力」の感情に一般人は共鳴するのである。この点、知性がまったくない、首相の演技的な「力」の誇示に人々は引きつけられるのである。「ぶっ壊す」、「改革」、「官から民へ」という破壊的な「力」の誇示に酔うのである。
そう、こういうときは、絶望的である。しかしながら、この非合理主義、ファシズム現象は、近代主義の帰結ないしハイパー近代主義であり、結局、この試練は、近代主義の彼岸であるポスト近代主義あるいはメタ近代主義を志向、意味している。近代的自我・資本主義である限り、この非合理主義・ファシズムは反復されるのである。これは、死の欲動である。破壊の欲動である。創造はない。ただし、このカオスの縁の、メタ近代主義、メタモダンに未来があると言えよう。
p.s. そう、近代主義的非合理主義と言ったが、ならば、近代科学は、非合理主義であるのかという反論が提起されるだろう。この問題は、実に哲学的である。フッサールの現象学にも関係する。この点は実に本質的な問題なので、後で、詳論するつもりであるが、今、簡単に言うならば、近代科学と近代主義的非合理主義は、同居できるのである。というか、一如の面が強い。そう、これは、また、ニーチェ哲学の問題でもある。また、漱石の問題でもある。D.H.ロレンスの問題でもある。近代科学の真理への意志とは、非合理主義と一体ではないかという問いが提起される。反感・反動である自我と近代科学とは、一如ではないか。なぜならば、自我は、差異共存志向性(真の社会性、共助性、互恵性、相互扶助性、共同的社会性等)を排斥するのであり、利己主義である。しかし、この自我=利己主義は、近代科学的客観主義と容易に結びつくのである。つまり、自我=利己主義は、近代科学的客観主義と連続・同一性化するのである。つまり、自我は、後者にアイデンティティを求めるのである。自我の独善的志向は、近代科学的客観主義に同化するのである。だから、自我=利己主義=近代科学的客観主義は、悪魔主義である。つまり、近代西欧とは、近代的悪魔主義のことである。これで、いちおう、証明されたと言えよう。
近代主義、近代西欧主義とは、近代的悪魔主義である。そして、今現在、これが、首相/自民党に顕現して、悪魔的国民を魅入らさせているのである。悪魔的政府と悪魔的国民、好一対である。
p.s. 悪魔的マスメディアの存在も忘れてはならない。この三位一体である。
民主党がとるべき道とは何か(インタビュー)
資料です。
以下の記事で、宮台真司氏は、首相の正義感を述べているが、これは、違うと思う。首相の「正義感」とはルサンチマン(怨恨)によるものである。それは、反感・憎悪による見かけの正義感に過ぎない。首相の「正義感」とは、結局、憎悪の対象の「旧経世会」を模倣するものとなるだろう。官僚型利権構造である。宮台氏は、確かに、状況の明敏な分類能力はあるが、洞察力が浅いと言わなくはならない。この浅さは、自己認識の浅さによるのではないだろうか。つまり、自惚れが、洞察力を鈍化させているように思う。評論家のスタンスとも関係するのだろう。
「
民主党がとるべき道とは何か(インタビュー)
投稿者:miyadai
投稿日時:2005-09-03 - 20:12:00
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(20)
8月25日にアップしたものを再度(上にくるように)掲載します******
■総選挙の見取り図となるキーワードがあります。「旧保守=農村型保守」「新保守=都市型保守」「都市型リベラル」です。
■小泉政権の性質を見ると、小泉氏には、バラマキ政治に終止符を打つ正義感がありつつ、清和会的な金融族利権と、旧経世会への憎悪があります。正義感と利権と個人的感情の、重ね焼きなのです。
■加えて外的事情として、今日的ポピュリズムと、米国の意思が重なる。まず石原慎太郎人気や9・11以降の米国世論動向と同種のポピュリズムがあります。国民の不安を煽り、鎮められるのは俺だけだと男気を示す、という伝統的戦略です。
■ また小泉氏は旧経世会的なカネやコネのバックかない分、米国をバックにしてきました。横須賀育ちなのもある。イラク自衛隊派遣から郵政改革まで、一貫した米国一辺倒。340兆円の「国民の虎の子」を狙う米国金融界は郵政民営化を望み、米国政府の年次改革要望書の筆頭項目です。
■正義感、金融利権、経世会憎悪、ポピュリズム、米国好きの5要素で彼の行動は説明できます。だから郵政法案否決も衆院解散も百%だと私は予想しました(http: //www.videonews.com)。法案否決で、衆院解散すれば、自民党が負けようとも旧経世会が一掃されて万々歳だからです。
■小泉氏が「そういう人だから」総裁に選ばれて自民党を延命させたのと裏腹に、「そういう人だから」旧自民党を当然潰そうとする。小泉氏を総裁にした時点でこうなるのが必然的なのです。この逆説の背後に、骨太な地殻変動があります。
■ 小泉支持は、旧保守でなく、新保守=都市型保守です。背景にあるのが九〇年代を通じた旧保守から新保守への地殻変動。「新しい歴史教科書をつくる会」「2ちゃん右翼」が象徴的です。過剰流動性と生活世界空洞化で不安になって「断固」「決然」の言葉に煽られる「ヘタレ保守」です。
■亀井氏や綿貫氏の支持層は旧保守。旧保守は集権的再配分を目指すので左派的です。再配分を望む地方の弱者が、旧社会党じゃなく自民党を頼るのは自然。だから自民党政治が永続し、小選挙区制でも二大政党が実現しなかったのです。それが小泉氏で変わった。
■旧保守も旧左翼も団体的動員(土建屋的動員・組合的動員)を梃子とする同じ穴のムジナです。新保守は、団体的的動員とは無縁。天皇の尊崇と無関係なことを含めて、都市無党派層に近い性質を持ちます。この地殻変動に、旧保守が鈍感だったのです。
■ 見田宗介氏が八月一六日の『朝日新聞』で、日本は経済水準が高いのに「とても幸福だ」と答える人が極端に少ないと語ります。アマルティア・センの言葉だとケイパビリティが低い。すなわち多様な仕事、多様な趣味、多様な家族、多様な性を、自由に選べそうで、実は選べない。制度的に選べないのに加え、主体の能力が低いので選べない。鬱屈と嫉妬が拡がるばかりです。
■そうした国民は、「決然」「断固」に象徴される小泉的振舞いからカタルシスを得ます。現に都市部の若者は「気持ちいい」と口々に語る。それが新保守の感情です。この感情は二〇〇一年参院選で明白でした。高祖議員の得票が典型で、自民党の団体的動員の時代は終わります。
■平成不況による会社共同体の空洞化に加え、ハコもの的な集権的再配分による地域共同体の空洞化こそが、皮肉にも旧保守の地盤を崩した。かくして新保守的な感情が高まる二〇〇一年、小泉氏が登場します。
■彼は十年前から、バラマキ政治を続けたら未来はないと主張しています。完全に正しい。財政赤字を積むバラマキは、もの言えぬ子孫からの収奪で、倫理的に許されない。すぐにやめるべきです。
■ でも、バラマキをやめるのと、弱者を放置するのとは別問題。現に社会的弱者だからこそ噴き上がる都市型ヘタレ保守は、小泉流「決然」にカタルシスを得ても、そのあと幸せになれません。そこに、都市型保守への「都市型リベラル」の対抗可能性があり、都市浮動票を取り合う二大政党制の可能性があるわけです。
■ だから、民主党が示すべきは「都市型リベラル」の政党アイデンティティです。「小さな政府」が「弱者切り捨て」を伴ってはいけないと主張し、「都市型弱者」である非正規雇用者やシングルマザーや障害者の支援を徹底的に訴える。「フリーターがフリーターのままで幸せになれる社会」をアピールすればいいのです。
■「バラマキはダメだから壊す」の小泉流は明瞭です。対する民主党が「壊し方の非合理性」を訴えるのは稚拙です。郵政法案がデタラメでも、デタラメな法案を武器に使って旧経世会を葬り去ったことを、国民が賞賛しているのですからね。小泉氏を倣って「削る」「縮小」を繰返すのも稚拙です。「小泉さん、壊してくれてありがとう。壊れた後は民主党が作ります」で行くべきじゃありませんか。
■「都市型保守」のネガティビティに「都市型リベラル」のポジティビティを対置する。「不安」に「幸せ」を、「不信」に「信頼」を対置する。本当にタフでカッコイイのはどちらか。言うまでもありません。
参考:民主党の新しいCF
http://www2.dpj.or.jp/
民主党公式サイトを訪れるとポップアップする選挙スペシャルの「岡田さん姿」からも飛べます。
」
MIYADAI.com Blog
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=283
!!!???多分これが一般的無党派層サラリーマンの声を代弁している。!!!???
資料です。
以下の記事は、「改革」という反動路線に乗せられてしまっているものであるが、分析すると興味深い。赤色の字は、私の強調である。すぐわかるのは、偏見で物事を見ているのがよくわかる。
「改革」路線であるが、反論すれば、小泉政府自身は、改革しないで、財政赤字を増大させているのではないか。「小泉総理に強制された」と言っているが、これは、語るに落ちたというものだろう。「強制された」ということは、総理の暴力的な手法を意味しているのである。つまり、サラリーマンは、被害を受けたということである。(私は、この阿修羅への投稿の信憑性を疑う。)
そう、これだけではないが、グローバル化を受動的に肯定する立場が多いのではないかと思う。一種、諦め、負け犬、短見である。自分たちに被害が降りかかることを考慮していない。また、絶句するのは、改革が、自民党の専売特許であるという主張である。これで、この投稿者は全くの無思考の人間であることを暴露している。そう、この何も考えていない投稿者や同類をどう考えるべきか。これは、現代日本における思考停止現象であるが、この意味は何であろうか。それは、ファシズムである。そう、不連続的差異論から言えば、近代主義の帰結として、ファシズム、全体主義が出てくるのである。つまり、現代は、正に、西洋主義の黙示録的終末論的状況である。人類の新たな創造的変容の前夜を意味しているのだろう。「ハルマゲドン」である、今度の衆院総選挙は。
「多分これが一般的無党派層サラリーマンの声を代弁している。
http://www.asyura2.com/0505/senkyo13/msg/752.html
投稿者 佐藤巧 日時 2005 年 9 月 08 日 17:13:49:
とあるメルマガのコラムが、今の状況を非常に判りやすく解説していた。おそらくこれが私を含めた無党派層サラリーマンの声を代弁していると思ったので、此処に抜粋して提示します。(有料メルマガなので、一部とはいえそのままの転載は控える)
_______________________________
・今回の選挙で民主党に風が吹かない最大の理由は『民主党では改革ができない』と国民が考えているからではないか
・既に国民も企業も痛みを伴う自己改革を行っている(小泉総理に強制された)のに対して、肝心の民主党が改革できないと言っていては『民主党に風が吹く』はずはない。
・野党は『貧富の差』を生んだ小泉総理を非難しているが、貧富の差が出る社会は経済がグローバル化したことで始まった『流れ』である。
・縮小均衡の政策を野党が表明し、グローバル化に沿った政策を自民党が言っているわけだから、現実感のある自民党に支持が集まるのは自然な流れ。
・国民の最大の関心事は年金制度であり、年金改革は避けて通れない。
・しかし、『年金改革』と言いますように、これは『改革』であり、現時点では改革は小泉自民党の専売特許である。
・このため、野党が甘いことを言っても『何もできない』と国民に見透かされている。
_________________________________
一般人から見ると、今の民主党はかつての社会党のようにただただ反対を叫んでいるようにしか映りません。このメルマガの最後でも書かれていましたが、民主党が今回の選挙で大敗し「このままではダメだ」と言うことに気づくことで、本当の対抗勢力となる政党に生まれ変わることが出来るのではないでしょうか。」
http://www.asyura2.com/0505/senkyo13/msg/752.html
政府の郵政民営化案へのコメント:新自由主義から差異共同資本主義へ
ここでは、直観的に思うことを箇条書きにしたい。
1)これまで、小泉内閣は、財政赤字を増やしてきたことを考えると、「改革」で、赤字がなくなるということは、信じられない。
2)郵政公社は、いわば国債の支えであるから、それが、民営化されると、国債が暴落する。ならば、これを狙っているのか。おそらく、国債を買い支えるために、公的資金注入ということになり、米国吸血金融資本、外資に利することになるだろう。泥棒に追銭である。米日の吸血鬼構造が完成する。
3)いわゆるハゲタカ参入を認める。
4)財務省の一極支配を目指している。
5)ファシズム体制を形成して、国民を支配する構造を完成する。
ざっと、こんな感じである。マスコミ操作で、小泉ファシズムを勝利させようとしているが、しかし、いわば奇蹟的なハリケーン・カタリーナが、民営化の大元でありアメリカを直撃した。
民営化=ニューオーリンズである。おそらく、反動路線は、敗北するだろう。新しい政治経済が必要である。差異共存共創政治経済とは、共同的資本主義と似た面がある。差異共同資本主義というように合体できるのかもしれない。
【我々の太陽系は変化している】意識と物質が進化する:ロシアの見解の報告
資料です。
一番下のURLをクリックして見ると見やすいです。
この記事は、不連続的差異論における、一つの旧い世界/宇宙文化サイクル(西洋文化サイクル)が終わり、一つの新しい世界/宇宙文化サイクルに転移することを、示唆しているとみることもできるかもしれない。
「進化」は、創造的変容であり、質的変容である。差異的変容である。
そう、占星術による星座文化期の考え方も、これを反映しているのではないか。現在、魚座文化期(キリスト教文化期)から、水瓶座文化期(ポスト・キリスト教文化期)へと移行中である。相転移ということになるだろう。
「
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【我々の太陽系は変化している】意識と物質が進化する:ロシアの見解の報告
http://www.asyura2.com/0403/jisin11/msg/200.html
投稿者 HAARP 日時 2004 年 5 月 25 日 03:52:13:oQGUNb5q8hjD.
* 写真は木星上のオーロラとそのエネルギー場に残された衛星の「足跡」、左側の大きい航跡がイオのもの。(ハッブル望遠鏡)
【我々の太陽系は変化している】ロシアの見解の報告 by Mary Rose Gray(2004年5月11日)
http://ufophysics.com/russisun.htm
これは地球の変動(earth changes)に関するロシアの見解であり、この確固たる事実はアメリカでは報告されていない。
* 太陽系の惑星の大気は変化しつつある・・・
ドミトリエフ博士の”地球の惑星物理的状況と生命”の研究は(博士の4部からなる論文はこちら:http: //www.tmgnow.com/repository/global/planetophysical.html )、惑星それ自身らが現在変化していることを示している。惑星の大気に変化が起こっているのだ。
例えば、火星の大気は以前に比べてかなり厚くなっている。1997年の火星観測探査機は鏡の一つを失ったが、これが原因で火星の地表に衝突してしまった。これは、計算されていたよりも火星の大気密度が2倍ほどあり、このことにより鏡に当たる風が強くなりすぎてこれを吹き飛ばしてしまったのだ。
* 地球の月にも大気が形成されている
月に関しても、ドミトリエフが言うところの「ナトリウム」を含む大気が形成されつつある。ドミトリエフによれば、月の周囲には6,000Kmに及ぶ厚さの、以前には無かったナトリウムの層が出来ているという。
そして、地球の大気の上層にもこの種の変化が現れているが、ここには以前には存在しなかった2酸化水素(HO2)ガスが形成されている。これは、以前には無かったものが今は存在するということだ。
これは地球温暖化とは関係がなく、CFCやフロロカーボンといったフロンガス系の温室効果物質とも関係がない。
これは、ただ単に出現したのだ。
惑星の磁場と光度も変化してきている。太陽系の惑星は見かけの光度がかなり変化している。
例えば金星は明らかに明るさを増しているのがわかるだろう。木星などは強力に充電されているようで、木星の衛星イオとの間には実際に目視できるイオン化された放射チューブが形成されいるのが観察できる。
最近では、撮影された写真のなかに実際に輝くエネルギー・チューブを見ることができるのだ。
また惑星の磁場にも変化が起きており、これは強くなってきている。
木星の磁場は2倍以上に強くなっており、天王星の磁場も変化している。
海王星の磁場も強くなっており、これらの惑星は光度も増している。
磁場は強くなる傾向にあり、それぞれの大気組成は変化してきている。
天王星と海王星では、最近ポール・シフトが起こったようだ。
宇宙探査機ボイジャー2号が天王星と海王星の近くを通過したとき、これらの惑星の磁北極と南極は自転軸からかなり外れているのが観察された。(これは地球でも加速されていると言われている:訳者)
天王星ではシフトは50度であり、海王星では40度であったが、この変化は非常に大きいものと言えるだろう。
全体では、これらの変化は基本的に3つのカテゴリーに収めることができるだろう。
これらは:エネルギー場の変化、光度の変化及び大気の変化である。
地球では1975年以来、火山活動が500%増加しているが、我々はこれらの変化を直接的な形で目撃しているのだ。
例えば、マイケル・マンデヴィルの研究によれば地球上の全般的な火山活動は1875年(1975の間違いかも:訳者)以来概ね500%増加しており、地震活動に関してはほんの1973年以来で400%増加している。
自然災害に関しては、1963年から1993年の間で410%増加している。
ドミトリエフ博士は自然災害に関して大胆な計算を行っている。博士によれば1963年から1993年までを比較すれば、台風、土砂崩れ、津波などの全ての災害の総数は410%増加しているということだ。
* 太陽の磁場は1901年以来230%強くなっている
太陽の調査をしているカルフォルニア州ラザフォード・アップルトン国立研究所のマイク・ロックウッド博士の研究がある。彼の発見によれば、1901年以来太陽の磁場の強さは、それ以前に比較して230%増加しているとのことだ。
* 地球の変動を超えて
全てを総合して、我々が見ているものは所謂「地球変動:アース・チェンジ」をはるかに超えるものだ。
人によっては、ここで起こっていることは地球と太陽の相互作用と考えてもいる。
しかし、非常に少数の人々だけしかシベリアの、特にノボシビルスクの国立科学アカデミーで行われているこの分野の研究に気が付いていない。
彼らは、この全太陽系に亘るエネルギー変化を引き起こす原因の可能性は一つしかないという結論に達したのだが、それは我々が異なるエネルギーの領域に移動しつつあるということなのであり、異なるエネルギーとは高エネルギーということである。
我々の太陽系の先端に光り輝くプラズマは、最近では1,000%も増加している。
ここに、ある事実がある。太陽それ自身も磁場を持っているわけで、この磁場は太陽系の周囲にヘリオスフィアとして知られる卵形構造を作り出す。ヘイオスフィアは涙のような形をしていて、その長細い端は我々が進行する反対側を示している。
これはまるで彗星のようだが、彗星の尾は常に太陽と反対側に向いている。
ロシアの研究者たちはこのヘリオスフィアの先端を観察してきたが、彼らはそこに輝く励起したプラズマ・エネルギーを認めた。このプラズマ・エネルギーはかつては10天文単位(1天文単位は地球と太陽の距離で、93,000,000マイル)の厚さだったので、この太陽系の先端に見られた輝くエネルギーの厚さは 10天文単位が通常であると思われていた。
今日では、この輝くプラズマの厚さは100天文単位までになっている。
ドミトリエフの論文には、こうなった正確な経緯は示されていないが、我々はこのプラズマの増加は彼が自然災害の増加を計算した1963年から1993年の期間と同じ期間に起こったと見なすことができる。
この経緯はどうあれ、太陽系の先端のエネルギーの明るさは1,000%増加しているのだ。
そして、これの意味するところは、太陽系自体がより高エネルギー状態の領域に移動しつつあるということなのだ。
まず、このような高エネルギー状態はプラズマを励起させ、形成を促進するので、我々はより大規模な輝きを見ることができる。そうすると今度はこのエネルギーが太陽に流れ込み、また太陽の赤道面に沿って放射、拡散されることになるが、これはエクリプティック(Ecliptic)と呼ばれる。
このエネルギーはまた、惑星間空間に行き渡ることになるのだが、これは太陽の放射をより迅速に伝えることになり、惑星をエネルギーで充填することになる。
またこれは、どのように惑星が運行するのか、どのように機能するのか、そしてどんな種類の生命を維持するのかなどを変化させる意識エネルギーなのだ。
DNA螺旋の調和共鳴状態それ自体も変化することになる。これこそが、今までの歴史において同時発生的に起こった集合進化の本当の、隠された原因だったのだ。
全ては一斉に同時に起っており、突然のシフトに向かって一丸となってクレッシェンドを奏でているというところだ。
別の言葉で言えば、我々は太陽が自身で発するエネルギーに呼応した基本的な共振波長の突然の拡張という新しいエネルギーレベルに到達するだろうということなのだ。
このエネルギー放射の増加は、太陽系内の全ての物質の基本特性を変化させるだろう。惑星は幾分か太陽から遠くに押し出され、惑星を構成する原子や分子は、実際に物理的なサイズとして拡張する。
マリー・ローズ・グレイ
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*コメント
この記事は、現在の地球を含む太陽系の環境の現実をかなり正確に描写しているのかもしれない。
高エネルギー領域に太陽系が突入することによって、太陽が高エネルギー化されるというのは11年周期を逸脱した太陽活動の説明になるものだろう。
このような太陽系自体が関係する環境の変化が、エネルギーのある種のフードバック回路を変化させ新しい均衡調和状態に移行する。そして、このエネルギー自体が意識と同じものという観察や、物質の基本特性が同時発生的に変化するという観測はいかにもロシア的だ。
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References* 写真は木星上のオーロラとそのエネルギー場に残された衛星の「足跡」、左側の大きい航跡がイオのもの。(ハッブル望遠鏡)
【我々の太陽系は変化している】ロシアの見解の報告 by Mary Rose Gray(2004年5月11日)
http://ufophysics.com/russisun.htm
これは地球の変動(earth changes)に関するロシアの見解であり、この確固たる事実はアメリカでは報告されていない。
* 太陽系の惑星の大気は変化しつつある・・・
ドミトリエフ博士の”地球の惑星物理的状況と生命”の研究は(博士の4部からなる論文はこちら:http: //www.tmgnow.com/repository/global/planetophysical.html )、惑星それ自身らが現在変化していることを示している。惑星の大気に変化が起こっているのだ。
例えば、火星の大気は以前に比べてかなり厚くなっている。1997年の火星観測探査機は鏡の一つを失ったが、これが原因で火星の地表に衝突してしまった。これは、計算されていたよりも火星の大気密度が2倍ほどあり、このことにより鏡に当たる風が強くなりすぎてこれを吹き飛ばしてしまったのだ。
* 地球の月にも大気が形成されている
月に関しても、ドミトリエフが言うところの「ナトリウム」を含む大気が形成されつつある。ドミトリエフによれば、月の周囲には6,000Kmに及ぶ厚さの、以前には無かったナトリウムの層が出来ているという。
そして、地球の大気の上層にもこの種の変化が現れているが、ここには以前には存在しなかった2酸化水素(HO2)ガスが形成されている。これは、以前には無かったものが今は存在するということだ。
これは地球温暖化とは関係がなく、CFCやフロロカーボンといったフロンガス系の温室効果物質とも関係がない。
これは、ただ単に出現したのだ。
惑星の磁場と光度も変化してきている。太陽系の惑星は見かけの光度がかなり変化している。
例えば金星は明らかに明るさを増しているのがわかるだろう。木星などは強力に充電されているようで、木星の衛星イオとの間には実際に目視できるイオン化された放射チューブが形成されいるのが観察できる。
最近では、撮影された写真のなかに実際に輝くエネルギー・チューブを見ることができるのだ。
また惑星の磁場にも変化が起きており、これは強くなってきている。
木星の磁場は2倍以上に強くなっており、天王星の磁場も変化している。
海王星の磁場も強くなっており、これらの惑星は光度も増している。
磁場は強くなる傾向にあり、それぞれの大気組成は変化してきている。
天王星と海王星では、最近ポール・シフトが起こったようだ。
宇宙探査機ボイジャー2号が天王星と海王星の近くを通過したとき、これらの惑星の磁北極と南極は自転軸からかなり外れているのが観察された。(これは地球でも加速されていると言われている:訳者)
天王星ではシフトは50度であり、海王星では40度であったが、この変化は非常に大きいものと言えるだろう。
全体では、これらの変化は基本的に3つのカテゴリーに収めることができるだろう。
これらは:エネルギー場の変化、光度の変化及び大気の変化である。
地球では1975年以来、火山活動が500%増加しているが、我々はこれらの変化を直接的な形で目撃しているのだ。
例えば、マイケル・マンデヴィルの研究によれば地球上の全般的な火山活動は1875年(1975の間違いかも:訳者)以来概ね500%増加しており、地震活動に関してはほんの1973年以来で400%増加している。
自然災害に関しては、1963年から1993年の間で410%増加している。
ドミトリエフ博士は自然災害に関して大胆な計算を行っている。博士によれば1963年から1993年までを比較すれば、台風、土砂崩れ、津波などの全ての災害の総数は410%増加しているということだ。
* 太陽の磁場は1901年以来230%強くなっている
太陽の調査をしているカルフォルニア州ラザフォード・アップルトン国立研究所のマイク・ロックウッド博士の研究がある。彼の発見によれば、1901年以来太陽の磁場の強さは、それ以前に比較して230%増加しているとのことだ。
* 地球の変動を超えて
全てを総合して、我々が見ているものは所謂「地球変動:アース・チェンジ」をはるかに超えるものだ。
人によっては、ここで起こっていることは地球と太陽の相互作用と考えてもいる。
しかし、非常に少数の人々だけしかシベリアの、特にノボシビルスクの国立科学アカデミーで行われているこの分野の研究に気が付いていない。
彼らは、この全太陽系に亘るエネルギー変化を引き起こす原因の可能性は一つしかないという結論に達したのだが、それは我々が異なるエネルギーの領域に移動しつつあるということなのであり、異なるエネルギーとは高エネルギーということである。
我々の太陽系の先端に光り輝くプラズマは、最近では1,000%も増加している。
ここに、ある事実がある。太陽それ自身も磁場を持っているわけで、この磁場は太陽系の周囲にヘリオスフィアとして知られる卵形構造を作り出す。ヘイオスフィアは涙のような形をしていて、その長細い端は我々が進行する反対側を示している。
これはまるで彗星のようだが、彗星の尾は常に太陽と反対側に向いている。
ロシアの研究者たちはこのヘリオスフィアの先端を観察してきたが、彼らはそこに輝く励起したプラズマ・エネルギーを認めた。このプラズマ・エネルギーはかつては10天文単位(1天文単位は地球と太陽の距離で、93,000,000マイル)の厚さだったので、この太陽系の先端に見られた輝くエネルギーの厚さは 10天文単位が通常であると思われていた。
今日では、この輝くプラズマの厚さは100天文単位までになっている。
ドミトリエフの論文には、こうなった正確な経緯は示されていないが、我々はこのプラズマの増加は彼が自然災害の増加を計算した1963年から1993年の期間と同じ期間に起こったと見なすことができる。
この経緯はどうあれ、太陽系の先端のエネルギーの明るさは1,000%増加しているのだ。
そして、これの意味するところは、太陽系自体がより高エネルギー状態の領域に移動しつつあるということなのだ。
まず、このような高エネルギー状態はプラズマを励起させ、形成を促進するので、我々はより大規模な輝きを見ることができる。そうすると今度はこのエネルギーが太陽に流れ込み、また太陽の赤道面に沿って放射、拡散されることになるが、これはエクリプティック(Ecliptic)と呼ばれる。
このエネルギーはまた、惑星間空間に行き渡ることになるのだが、これは太陽の放射をより迅速に伝えることになり、惑星をエネルギーで充填することになる。
またこれは、どのように惑星が運行するのか、どのように機能するのか、そしてどんな種類の生命を維持するのかなどを変化させる意識エネルギーなのだ。
DNA螺旋の調和共鳴状態それ自体も変化することになる。これこそが、今までの歴史において同時発生的に起こった集合進化の本当の、隠された原因だったのだ。
全ては一斉に同時に起っており、突然のシフトに向かって一丸となってクレッシェンドを奏でているというところだ。
別の言葉で言えば、我々は太陽が自身で発するエネルギーに呼応した基本的な共振波長の突然の拡張という新しいエネルギーレベルに到達するだろうということなのだ。
このエネルギー放射の増加は、太陽系内の全ての物質の基本特性を変化させるだろう。惑星は幾分か太陽から遠くに押し出され、惑星を構成する原子や分子は、実際に物理的なサイズとして拡張する。
マリー・ローズ・グレイ
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*コメント
この記事は、現在の地球を含む太陽系の環境の現実をかなり正確に描写しているのかもしれない。
高エネルギー領域に太陽系が突入することによって、太陽が高エネルギー化されるというのは11年周期を逸脱した太陽活動の説明になるものだろう。
このような太陽系自体が関係する環境の変化が、エネルギーのある種のフードバック回路を変化させ新しい均衡調和状態に移行する。そして、このエネルギー自体が意識と同じものという観察や、物質の基本特性が同時発生的に変化するという観測はいかにもロシア的だ。
」
http://www.asyura2.com/0403/jisin11/msg/200.html
阿修羅
米国が現実に引き戻された
資料です。
「米国が現実に引き戻された(仏『ヴォルテール・ネット』より)
http://www.asyura2.com/0505/jisin13/msg/118.html
投稿者 さすれば 日時 2005 年 9 月 07 日 17:23:23: reQxnNwQ2shuM
米国が現実に引き戻された
(9月5日 主筆ティエリ・メイサン)
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突然、米国の「国家の不在」を明るみに出しながら、ハリケーン、カトリーナはブッシュ政権の真の政治を暴露した。すなわち、国家の民営化、縁者びいき、公益より石油企業優先という路線変更。
ティエリ・メイサンによれば、米国内の緊張の始まりは戦争ではなくてハリケーンである。
第一次大戦以降、米国は《自由の国》というイメージをでっち上げてきた。20世紀初めのヨーロッパの崩壊と、それに次ぐソヴィエト連邦の崩壊によって、民主主義と繁栄を保証するモデル国家として人々を納得させてきた。
その優位性と《神》から授けられた使命感によって、米国はその規範を至るところに押し付けようと企て、石油産出地帯を植民地化しようとした。フランシス・フクヤマは《アメリカ式生活》の勝利は決定的だと説いた。----
流れに逆らって、われわれは今日の米国は民主主義ではない、米国は世界と自国から略奪し捲くっている捕食動物の徒党によって統治されていると言い続けてきた。
突然、米国のプロパガンダは現実の壁に砕け散った。ハリケーンである。カトリーナが、ミシシッピー地域とニューオーリンズを破滅させたのである。一瞬のうちに《王様は裸になった》
米国南部はハリケーンには慣れていたが、このような激しさで北へ向かって吹き荒れたのは初めてである。そこには、米国が主要な原因で、京都議定書を受け入れていたら削減できたであろう気候温暖化に関する罪がある。しかしブッシュ政権は、同胞の利益よりも、政権を構成している石油会社の利益を擁護することを好んだ。
ミシシッピー地域は多くのハリケーンに耐えてきた。だが堤防が水没したのは初めてである。そこには、一世紀半にわたる乱暴な石油開発を原因とする沼地の崩壊に関して罪がある。
そこには、科学者が警告し、同時にデルタ地帯の合理的な管理と、下から侵食する堤防の強化を勧告してきた長い年月がある。しかしブッシュ政権は、この地域ではことに黒人である同胞の利益よりも、政権を構成している石油会社の利益を擁護することを好んだ。
FEMA (連邦緊急事態管理庁)はたいへんな自然災害に直面した。この新しい状況に対してどうしてよいか分らなかった。そこには、新しい長官、マイケル・D・ブラウンに関する罪がある。無資格の法律家で、アラブ馬の国際協会顧問という地位から乱暴に配置転換された人だ。他の人たちと同様、ブッシュ家によって再就職したのである。FEMAは911の後に創設された国家安全保障省の中心部に組み込まれた。ここにあるのは、対テロ戦争という名目だけで、見せかけの契約と閑職以外のなにものでもない。
米国には、すばやく展開できる優良な衛生機関がある。しかし、連邦の財政負担を軽くするために、反論もなく民営化された。つまり教会に与えられたのである。これはすべて官僚の報告により信仰に基く優位性の名で実行された。
(以下略)
http://www.voltairenet.org/article127437.html
」
阿修羅
ハリケーン・カトリーナと台風14号のタイミング
古い文学作品、例えば、シェイクスピア等を読むと、天の采配、天の配剤、摂理等の言葉が出てくる。私は、今は、そのようなことを信じないが、今回のハリケーンと台風は、そのようなことを想起させるように、衆院総選挙に影響すると思った。これは、野党の雄弁をはるかに越える説得力があると思う。
首相、自民党は、小さな政府を主張するが、小さな政府の結果が、ニューオーリンズである。災害救助の恐ろしい遅れやその無策等は、ブッシュの小さな政府路線によるものである。あるいは、戦争にかまける新自由主義路線による。金融資本の利潤のために、社会的公益が見捨てられるのである。富者のための政治で、一般人は、犠牲を強いられるのである。そのような路線の帰結が、今回のハリケーンと台風のダブル・災害によって、誰の目にも、明らかとなったと言えよう。これは、天の裁量ではないが、それに近いようなものである。ネットで、「荒野に叫ぶ声」を演じることは大事であるが、その影響はまだ限定されている。しかし、カトリーナ、そして、それと重なる台風14号の甚大な被害は、啓蒙・覚醒的な作用があると思う。さすがの、パフォーマンス屋のゴミ済みも、自然の真の PERFORMANCE(行為)には勝てなかったようだ。
日本語の「KAIKAKU」について:REFORMとA REFORM
先に、郵政民営化問題は、一部、日本語が原因になっているのではないかと言った。つまり、日本語の場合、抽象語、観念語に、冠詞がないので、全体化されて、絶対化されやすいということである。英語では、改革は、抽象語としては、reform,reorganizationであり、具体的には、a reform(一つの改革), a reorganizationであり、観念レベルと具象レベルの区別がつくのであるが、日本語では、それができない。首相や自民党が「改革」というが、抽象か具象か区別がつかない。単に、「改革」は、reformであり、これは、いわば、概念、イデアである。これを実現するのに、具体的な「改革」案が生じるのであり、これが、a reform, a reorganizationである。だから、首相等が、「改革」というならば、それは、後者が中心となり、説明する責任があるのであるが、それが欠落しているのであるから、それらは、信用できないものであると判断できる。一種アカウンタビリティを、首相らは放棄しているのである。
結局、この手法は、商品の使用価値を説明しないで、売ろうとするイカサマ、詐欺、ペテン的手法である。でも、おかしいのは、たとえば、胃薬を買うとき、店員が、これは、胃薬!、胃薬!、胃薬!ですと宣伝したって、普通は買わないのに、KAIKAKU!, KAIKAKU!, KAIKAKU!は買ってしまうというのは、奇妙である。どういうKAIKAKU薬なのかを説得力をもって説明する必要がある。また、なされている説明らしきものは、合理的、論理的根拠がないのである。この問題は、情緒的判断か知的判断かを問われている。マスコミぐるみの超ペテンに国民をかけようとしているのである。マスコミに死を!!!(もっとも、マスコミにはたらく個々の人たちには真面目な人がいるだろうから、彼らには、独立して、新しく、差異としてのメディアを創ってもらいたいものである。)
最重要な記事です:自衛隊がイラクで戦争ゴッコをしている間に日本で小泉がクーデターを実現した
資料です。
「自衛隊がイラクで戦争ゴッコをしている間に日本で小泉がクーデターを実現した
http://www.asyura2.com/0505/war74/msg/105.html
投稿者 フランクリン 日時 2005 年 9 月 07 日 09:20:51: YsxokeAxLx13M
自衛隊がアメリカ軍を助ける「お手伝いさん」として、イラクの戦場の塹壕にもぐっている間に、日本では小泉が自衛隊抜きでクーデターをやってしまい、独裁者として全権委任を求める国民投票を行い、いよいよファシズムが始まったという分析は、単なる選挙だと考えている者にとって教訓的だ。しかも、イラク李戦場で殺されて帰る自衛隊員には、小泉の「靖国維新」が何かをするらしいから、日本のことはくよくよと考えないでいるしかなさそうだ。それにしてもヒットラーの手口を使うとは、この四年で小泉は大化けしたものだと思う。
★阿修羅♪ > 議論21 > 866.html 次へ 前へ
9月11日の選挙の正体は「全権委任」の国民投票という理論
http://www.asyura2.com/0505/dispute21/msg/866.html
投稿者 海野雄吉 日時 2005 年 9 月 07 日 00:55:01: Kg/AGhESWTs4c
今度の選挙は選挙ではなく国民投票であり、それは全権委任を求める独裁への道で、小泉の郵政改革の正体は「靖国維新」名づけたらいい、クーデタだという議論が日本の外で行われている。
「宇宙巡礼」という変わったホームペイジがあって、アメリカで活躍するジャーナリストとして知られた、藤原肇の書いた興味深い記事が読める。
http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/
とりわけ興味深いのはブロッグ的な「掲示板」であり、その「日本不沈の条件を考える」というスレッドで、興味深い問題提起と議論が行われている。国内の議論の視点と世界で行われている議論が、これほど違うかということが良く分かる。特に小泉の郵政改革の本質が「靖国』維新」であり、クーデタだという分析は秀逸である。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2491/1125942348/
日本不沈の条件を考える
1 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 02:45:48
二十数年ぶりにこの本を読んだことにより、当時の危機感を思い出すと共に、現在の日本がもっと危険な状態に直面しているのに、日本人はそれに気づいていないと先ず指摘したいと思います。
「世界週報」に1977年の11月に出た記事は、日本人記者クラブと石油連盟での講演の草稿で、このときの帰国には防弾チョッキを身につけ、成田ではなく羽田空港を使うために、わざわざ中華航空を使ったことを思い出しました。
2 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 07:59:15
1973 年の石油危機の到来についての予告記事は、1971年の春の『文芸春秋』に掲載されたが、石油危機でパニックに陥っていた時期に、『石油飢餓』の出版がサイマル出版会で決まった。だが、この時点での私の危機感は別のものに移り、それはこの本の「前書き」に次のように記録されている。
「・・・戦後長らく続いた保守政治がついにファッショ化して、独裁者のまわりに翼賛政治家が結集し、すでに財閥化した財界と結託して、一億の国民を再び悲劇の中に巻き込もうとしている。・・・現在進行していることを正しく評価するためには、時間を置いて歴史的事件として過去において見るか、空間的に距離をおき日本列島から一歩遠ざかって、しかも、日本に焦点を合わせてみるかの二つの方法しかない。私は地球を相手にした歴史学者として、自分の生きている時代がどのようなものであったかを後になって気づいて、後悔するのは嫌だから、太平洋を間において日本を観察しているが、このファシズムの不吉な胎動は気がかりでならない。国民が力を合わせてこの狂気時代の亡霊の復活を粉砕し、日本人が一致団結して石油危機の克服に向かって、集中できるような条件を作っておくように期待してやまない。・・・」
そして、この本の中のどこかに、田中首相と中曽根通産相の辞任を要請して書き。それが理由でこの本は市場から消え去ったし、私は多くの人の忠告に従って1977年までは、日本に近づくのを回避したし防弾チョッキを着て帰った。それにしても「光陰矢のごとし」で、この記事が31年前に書かれたとは思えないほどで、今日執筆しても新鮮だと感じるほどである。
なぜならば、小泉がやっている一連の政治的な布陣は、情報時代のソフトなクーデタであり、それに気づいているのは私ぐらいだろうが、それを将来の歴史のために「靖国維新」と名づけて、私はその動きを太平洋のた対岸から観察している。そして、維新は権力支配を目指すクーデタであり、支配者の間の権力争奪だという点で、911選挙で使う非公認や刺客の手配が、ソフトな粛清だと気づく日本人がいないのが寂しい。
3 名前: 中野美恵子 投稿日: 2005/09/06(火) 12:08:11
ショックです。凄い指摘で目のうろこが落ちて胃に詰まったのか食欲がなくなりました。日本の外から見る観察者には、そんな具合に見えたとは驚きです。小泉首相がやっているのがクーデターだとしたら、この選挙は何でしょう。気分がふさいで憂鬱になります。<靖国維新>だと言われてみて、全てが氷解した感じです。目の前で進んでいるのがファシズムですか。怖いですね。
4 名前: 相沢敏夫 投稿日: 2005/09/06(火) 15:19:25
ファシスト・ヒットラーを最初に支援したのは欧州の大銀行家たちだったことは、
だいぶ前に資料がでて明らかになっていることです。
出自に影を持ち芸術志向で口舌巧みな煽動師をはやし立て、お飾りをつけ、
世に出したのが誰だったかを忘れてはならないと思います。
小泉さんも又同じ性向の持ち主、出自もとかくの噂があり、その性癖もまた。
あの時代と同じく利にさとい資本家たちが選んだのが同じタイプの小泉さんで
あったのでしょう。表向きは、愛国主義を押し出しながら、
その実は国際金融資本家の餌食となるのが、ファシズムの歴史から学ばなければ
ならないことではないでしょうか。
郵政民営化もこの流れにあると思われます。
革命家レーニンを応援したのは誰だったか。改革家(?)小泉首相を操る人形師たちは
はこれからどんな手を繰り出してくるのか。しばらくの間、注意されるべきでしょう。
5 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/06(火) 17:09:22
脱藩道場の総会に出席したことのある人は覚えているはずだが、ここはモデルを緒方洪庵の適塾にとっていて、表札には私の顔写真が出ているけれど、皆さんが自主運営をして切磋琢磨し、私は必要な時にしか発言を控える姿勢です。それは自らの頭で考えることが重要で、説明や答えを聞く場所ではないからです。ただ、今回の場合は私が言いだしっぺだから、維新の意味論だけは書いておきます。日本では明治維新が歴史の節目で、維新という言葉はなじみ深いものですが、維新をカタカナにすればクーデタであり、これは権力内部における覇権争いであり、下から体制を変革する革命と違うことは、「ジャパン・レボリューション」で論じたことです。
クーデタは1630年代にイタリアのリベルタンが取り上げ、君主が取る特別な措置という意味で使われ、権力サイドが自分の都合のいいように、改革と称して試みる支配権の確立に期限を持ちます。国家が公を体現し「朕は国家なり」という時代は、権力者による反対派の弾圧はクーデタであり、だから、ブリュメールの18日もクーデタでした。だから、首相として権力を握っていても、絶対的な支配が出来ていないと考えれば、首相自らがクーデタを試みるわけで、それが小泉の「靖国維新」の歴史学的正体です。19世紀までのクーデタは軍事力が中心だったが、情報化が進んだ20世紀はソフトになり、ハードなクーデタは中南米やアフリカにあったが、先進国はソフトな権力交代が中心でした。明治維新はハードだったから戦争が絡んだし、昭和の日本は形だけは工業国だったが、分明度の実態は後進国だったから515事件や226事件は軍事力と結び、昭和維新としてのクーデタになりました。だが、軍隊は権力サイドの組織だから、日本の右翼は時代遅れのせいで三無事件や三島事件のように、自衛隊を使って維新をしようとしたわけです。小泉の場合は背後に電通がいるので、同じクーデタをソフトにやっており、メディアの関心を集めるために殊更に靖国問題を使い、大衆の感情をそこに集める心理作戦を駆使するので、テレビなどのマスコミを使った情報戦術だから、私は「靖国維新」と名づけたのです。
6 名前: 平野次郎 投稿日: 2005/09/06(火) 22:40:06
クーデタの意味論とても分かりやすく明快です。そうなると靖国維新というクーデタは、もう成功してしまった感じです。独裁がどうすれば崩壊するか、その戦術を考えることが問題になりますト思います。
7 名前: ご隠居 投稿日: 2005/09/06(火) 23:32:25
大手メディアが郵政改革支持の方向で歩調を合わせていることが、小泉に対しての批判に水をかける形になりその結果、マスコミ自体が批判眼や牙を抜かれた状態になっているとしたら、小泉政権が国際金融機関のために郵便貯金などを差し出そうとしているこの郵政騒動は、自民党において絶対的な独裁権を握ろうとして強行した藤原流の「靖国維新」になったわけだが、クーデターの仕掛け人が電通ならばメディアに期待は出来ない。
ということはテレビや新聞を読めば読むほど電通の狙いにはまってしまい、毎日のように日本国民は洗脳されて思考能力が低下してしまい、ヒットラーがユダヤ人たちを虐殺したのと同じことになり、小泉の場合だと小泉に反対する日本人はユダヤ的な存在だと扱われてしまい、社会的に差別されていよいよ没落して負け組みになってしまうことになる。
年金問題は我々老人にとって生活がかかった最も重要なテーマであるが、それが脅かされているのに新聞も正面から取り上げてくれないけれども、老人党の存在はほとんど目につかなくなってしまったのは、どうしたことだろうかと気になって仕方が無いけれども、老人は死ねとでもかんがえているのなら世も末だと思わざるを得ない。
それにしても自分が生きている間に靖国維新などに振り回されるとは、夢にも思っていなかったので不甲斐なさに対して情け無いと思わざるを得ない。
8 名前: 藤原肇 投稿日: 2005/09/07(水) 00:27:54
日本の言論界の批判精神が衰えたために、目の前で進行している事態に対して、正確な把握が出来なくなっているような感じで、それが現在の日本を閉塞感から救えない、最大の理由になっていると思います。たとえば、参院での郵政法案否決にたいして行った、小泉の政治的慣例を無視した解散に対して、どうも感情的なネーミングをしており、理性的かつ分析的な発想で位置づけした形で、概念化をしていないように思われます。新聞で見かけたものだから特殊かも知れないが、例えば次のようなものがそれです。
自暴自棄解散・亀井静香
自爆テロ解散・森永卓郎
自己愛解散・香山りか
八つ当たり解散・又市征治
江戸の敵を長崎で討つ解散・高村正彦
これらは表に現れた現象的なものとか、心理的な面を強調したネーミングで、より深い歴史性や深層心理に肉薄しておらず、何となく現代風のコピーライト形であり、キャッチフレーズとして分かりやすいとはいえ、歴史に残るかどうか疑問に感じます。
私の「靖国維新」という捉え方に基づいて考え、そこから「靖国解散」とすれば混乱してしまい、訴える力がなくなるのは次元が違うからです。
だから、『911選挙』を「靖国選挙」といえないわけで、これは「大権委任の国民投票」と理解すれば、ヒトラーが「大権委任法」を根拠に独裁を確立して、合法的に独裁者になったプロセスと同じ、ソフトな形のクーデタに対応すると分かります。
独裁を狙うものは国民投票を好みますから、ペロンやフセインは常に国民投票を求めたし、それでポピュリズムの熱狂を盛り上げました。このメカニズムが理解できれば、なぜ中曽根康弘、石原慎太郎、小泉純一郎などが、首相公選を主張していたかという理由が、明白になるのではないかと考えます。
ほとんどの日本人は選挙だと考えているでしょうが、いま直面しているのは国民投票なのであり、その背後には「全権委任」という独裁者の狙いがあり、こうした理解が歴史の教訓の成果です。これで私の問題提起は一段落したので、後は皆さんの活発な討論を期待しています。
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Re: 自衛隊の駐屯地を思う。イラクで戦争ゴッコをしている自衛隊の明日の姿か ものぐさ太郎 2005/9/07 09:47:15 (0)」
阿修羅
http://www.asyura2.com/0505/war74/msg/105.html
p.s. なお、以上の引用における、字の着色(赤色や太字等)や強調は、renshi=sophioによる。なお、元の記事の強調も入っている。
ポスト・マスコミ論:代弁主義=ヘーゲル哲学から、差異メディア論へ
私は、昔から、マスコミである新聞に、根深い不信感をもっていた。また、一方、新聞に書かれている記事にも飢えていた。これは、真実を知りたい欲求によるものである。しかし、社説等を読むと、ええかっこしいで、「むかつく」。感情のレベルから、理論・批判的レベルに問題を移すと、問題点は、ポストモダンが問題にした事柄である。権力的言説の問題である。いわゆる、表象の問題である。representationの問題である。あるいは、言語の問題と言ってもいい。不連続的差異論から言えば、連続・同一性/言語・象徴である現象界の問題である。つまり、新聞マスコミは、大衆、市民、国民、民衆、人民・民人、人々等を代弁するという建前になっている。私は、これは、虚偽、欺瞞だと思う。なぜならば、多数、多様な国民を代弁できるはずはないからである。多種多様な不連続的差異である国民が存在しているのであり、それらは、代弁不可能である。だから、マスコミ新聞の存在自体が本来いかがわしい、胡散臭い、胡乱なものである。代弁ではなくて、差異としての事実や事象を伝達し、また、差異としての見解を述べることが正当である。つまり、個別=一般性というヘーゲル哲学が、マスコミを支配しているのである。これは、当然、国家主義となるのである。
小学館ランダムハウス英語辞典から
rep・re・sen・ta・tion
■ n.
【1】(…の)表現,描写,描出,叙述殪f・:
the representation of the visible world 目に見える世界の表現.
【2】(言葉・文字・記号などによる)表示,表現[表象]されたもの;表象:
a graphic representation 図示
a phonetic representation 音声表示,発音表記
a statistical representation 統計的表示
a symbolic representation 象徴
internal representations of external reality 外界の現実の心中での表象.
【3】(代理人・代表者による)(…の)代行,代弁.
【4】
(1)代表する[される]こと,代表(者)を出す[送り込む]こと,代表派遣;代表派遣の権利:
a fair representation of the people in Congress 議会で人民が公正に代表されていること
demand [or request] representation on a board of directors 理事会に代表を出すことを要求する.
(2)。行政「代議制,代表制:
proportional [regional] representation 比例[地域]代表制.
【5】沛W合的 (選挙区などの)選出議員団,選出議員数:
the representation from a constituency 選挙区選出議員団.
【6】。外交「国家代表権に基づく行為[発言].
【7】
(1)(考えなどを)心に思い描くこと,想像力,概念力[作用].
(2)(心に浮かぶ)表象,心象,概念;心象の形成.
【8】(絵画・彫刻などで)表現した[された]もの,描出,描写:
the pictorial representation of a myth 神話の絵画表現.
【9】絵画,画像,彫像,肖像[画],似顔:
the primitive representations of animals found in the cave 洞窟(どうくつ)で発見された動物の原始絵画.
【10】(劇などの)上演(performance), 演出,演技:
a theatrical representation 演劇の上演.
【11】汳ハ例 representations (説得のための)説明,説示;考えの表明;(…に対する)意見の提出[陳述]殳o・:
different representations of the same fact 同一事実の異なった説明
make representations 主張[陳述]する
They deceived us by false representations. 彼らはうその説明をして私たちをだました.
【12】泄カ語 殲epresentations (…への)(…についての)(正式の)申し入れ,抗議(appeal)殳o・about・:
make strong representations to the authorities 当局に強硬に抗議する.
【13】。法律「
(1)(口頭・文書による)表示:
a representation of authority 権限の表示.
(2)代襲[承祖]相続:
推定相続人が相続開始前に死亡した場合,推定相続人の子孫が代わって相続すること.
【14】。言語「表示:語・文などを分析し,構成要素を記号などで明示すること:
phonological [lexical, structural, semantic] representation 音韻[語彙(ごい), 構造,意味]表示.
【15】(前任者から権利・義務などを)引き継ぐこと.
【16】。美術「=representationalism 2.
[1400? 中期英語 representacion<ラテン語 repraesent殳i[〔repraesent殲e「表す(REPRESENT)」より〕]
[ 更新日時:2005/09/07 18:30 ]
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超越論的主観性と超越論的差異性
[ 09:55 ] [ 差異共存志向性と現象学的還元 ]
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フッサールの言う主観性と、不連続的差異論の差異とはどう異なるのだろうか。この相違は、決定的なものがあると考えられる。フッサールは、いわば、観念論の伝統から、超越論性を徹底化した。そして、認識の基盤・原基に、超越論的主観性や相互主観性を発見した。だから、思うに、フッサールは超越論的観念論の立場と言っていいのかもしれない。問題にしたいのは、フッサールは、根源に志向性という意識ないし原意識を置いていることである。だから、原意識である。そう、唯識論に似ているように思える。とまれ、原意識と生活世界は関係しているわけであるが、しかし、生活世界とは何だろうか。これは、思うに、メディア界的世界ではないだろうか。しかし、フッサールは、生活世界を十分に説明していない。志向性と生活世界の具体的関係はどうなるのか。志向性と生活世界はどうつながっているのかという問題もあるだろう。不連続的差異論から見ると、志向性と生活世界との繋がりは、メディア界的な繋がりではないだろうか。志向性は、メディア界⇒現象界であり、生活世界は、志向性の結果である現象界であるから、メディア界的現象界であろう。ということで、フッサール現象学は、不連続的差異論で説明できる。
さて、最初の課題にもどると、超越論的主観性は、差異で十全に解明できるが、差異を超越論的主観性は十全に解明できない。なぜなら、差異は、主観性だけでなく、あらゆる事象に適用できるからである。問題は、志向性にとり、生活世界とは何であるかである。他者である場合は、相互主観性で、関係することができる。では、他者が自然であるとき、あるいは、物体であるときはどうなのだろうか。これは、不連続的差異論の観点になるが、自然や物体に対しても、一種相互主観性が形成されると思う。つまり、一種、アニミズム的になると思う。なぜならば、志向性である差異共存志向性は、他者の差異と共感するからである。つまり、生活世界は、近代以前の民俗学的な世界であろう。河童やオシラ様や物の怪あるいは妖精や天使が生きている世界である。活物論の世界である。そう、D.H.ロレンス的に言えば、コスモスの世界である。あるいは、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』の世界である。
このように考えて、超越論的主観性と差異性とを相違をまとめると、フッサールの超越論的主観性とは、人間の意識に限定された差異性であると言えよう。だから、フッサールの現象学は、人間的現象学であり、自然をも、その観点と捉えようとするだろう。だから、これは、やはり、人間と自然との二元論になる。ここに現象学の欠陥があるだろう。だから、不連続的差異論のように、差異的普遍性の立場に立てば、人間と自然を差異一義的に記述できるのである。
だから、フッサールの現象学は、人間に限定して、差異を探究していたと言えるだろう。ドゥルーズの批判に即して言えば、超越論的主観性という超越性をフッサールはもっていたと言えるだろう。しかし、その主観性の枠には、差異が内包されていたのである。それも、ほぼ不連続的差異である。
最後に、先に触れた、ドゥルーズの内在論を考えると、内在論とは、実は超越論の言い直しであろう。ただし、それは、客観的超越論であり、主観的超越論であろう。

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