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2008年04月23日 (02:11)

eliot-akira氏のコメントに暫定的に答える

eliot-akira氏のコメントに暫定的に答える

テーマ:検討問題

以下、eliot-akira氏のコメントを転載します。とても、鋭い質問だと思います。後で答えたいと思います。
 今簡単に言いますと、以下の最初の質問に関しては、既に、Kaisetsu氏が説かれています。おっしゃる通り、二次元、三次元が可能になると思います。以下のKaisetu氏のブログを参照してください。
http://theory.platonicsynergy.org/

Theories for the Platonic Synergy Concept.

 また、二番目の質問はたいへん興味深いと思います。私は、ホワイトホールのことは考えていませんでした。
 「光を吸収する」ことと「闇を放出する」こととは、とても興味深い事柄だと思います。これも考え方の問題があると思います。例えば、電子を考えると、陽電子があります。電子の流れと陽電子の流れが正反対になると思います。これを使えば、「光の吸収」が「闇の放出」になるのではないでしょうか。(p.s. これは不明瞭な言い方です。電子・陽電子を考えるなら、「光の吸収」と「闇の放出」は同じ事態であっても、異なる事象になりますね。だから、次に言う別の事象という方が適切だと思います。)
 また、両者、別の事象と考えることも可能だと思います。後で、検討したいと思います。
 ホワイトホールですが、よくはわかりませんが、おっしゃる通り、ブラックホールが-1ならば、ホワイトホールは+1になりますね。そして、±0というのは、その通りだと思います。
 

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■質問

Media point を一次元とすると、二次元の media plane や三次元の media space などが可能なのかもしれないと考えが浮かびました。どうでしょうか?

もし不可能なら、なぜそうなのでしょうか。
eliot-akira 2008-04-21 03:38:16

http://ameblo.jp/renshi/entry-10090011698.html#c10121102357



■Whole=Black & White?

これは興味深い題材です。

「光を吸収する」というのは「闇を放出する」ことと同じでしょうか?

ブラックホールに対称するホワイトホールというものがあると聞いた事があります。前者によって吸収される物質や波動が、後者によって放出されるとのことです。これが +1 と -1 によって表現されているのでは?

ということは宇宙という等式において±0という究極的なバランスがある、と見なすことが出来るのかもしれませんね。
eliot-akira 2008-04-17 14:50:36

http://ameblo.jp/renshi/entry-10089001746.html#c10119810222


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母子殺害と犠牲:差異をむき出しにする「神」:絶対的特異性と差異共振性

テーマ:法:憲法・法律・司法・裁判・検察・条約

ここで少し大胆な発想を許されるなら、もし、母子殺害を神が少年に命じたとするならどうだろうか。(それは神ではないという反論は当然あるし、私もそう考えるだろう。)
 ここで、有名なキルケゴールの『おそれとおののき』と考え合わせるとどうだろうか。神はアブラハムに子どものイサクをささげるように告げられて、正に、そうしようとした瞬間に神のストップが入ったのである。しかし、奉献しようとしたのは事実である。
 これを延長して、神へのささげものとして、母子殺害を命じられ、そうしてしまったとしたらどうだろうか。その神が絶対神としたらどうだろうか。神の正義は殺人を命じたのである。しかし、地上の正義は、それは悪とみなす。
 そう、デリダは『死を与える』でこの問題を論じて、結局、現代のわれわれは、日々、アブラハム的奉献を行っていると虚をつかれるようなことを述べている。
 「本土」人は、沖縄人(びと)をアメリカにささげている。原発では、地方の人を、経済のためにささげている。等々である。
 そうすると、この犠牲とはいったいなんなのだろうか、ということになろう。ここに示唆されているのは、きわめて深いアイロニーではないのか。そう、ゆるしの問題ではないのか。特異性=差異共振性の問題だと思う。【p.s.  ここでは、筆がいわばすべっている。アブラハムの場合は、犠牲が苦悩を伴うのであるが、沖縄や原発の場合は苦悩を伴っていない。後者の場合は、犠牲者のあり方が特異性になりうるだろう。差別された側にこの特異性の試練がありうると思う。そう、ヨブ記に似ていると思う。聖書はこの特異性の倫理のあり方を問うている。後で、整理し、再検討したい。p.p.s. もっとも、事実としてみれば、「本土」人が沖縄人を「捧げている」と言えるだろう。だから、キルケゴール/デリダの哲学的事態である。ならば、母子殺人事件はどうなのか。沖縄人を捧げているのとどう違うのか。いったい、裁く権利が我々にあるのか。ここで、カミュ的な問題に逢着する。後で検討を深めたい。】
 関係性が丸裸にされて、根源的な差異がむき出しにされるのではないのか。この根源的な差異が特異性であり、ここから、差異共振性、根源的差異共振性が発するのではないのか。いわば、絶望的希望である。地獄的天国である。
 同一性をすべて剥がされたところから始まる根源的関係性がここでは問題になっているのではないだろうか。そう、正に、絶対矛盾的自己同一である。ニーチェが憐れみを否定するのは、このような意味があるのだろう。

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<光母子殺害>元少年に死刑判決 裁判長は新供述「不自然不合理」、情状「斟酌する理由みじんもない」

4月22日12時27分配信 毎日新聞

<光母子殺害>元少年に死刑判決 裁判長は新供述「不自然不合理」、情状「斟酌する理由みじんもない」

拡大写真

光母子殺害事件の差し戻し審が開かれた広島高裁302号法廷=2008年4月22日午前9時55分、代表撮影
 山口県光市で99年4月、母子を殺害したとして殺人と強姦(ごうかん)致死罪などに問われた当時18歳の元少年(27)に対する差し戻し控訴審の判決公判が22日午前、広島高裁であった。楢崎康英裁判長は「強姦の目的や計画性も否定できない」として、求刑通り死刑を言い渡した。元少年が差し戻し審になって新供述を展開したことを「不自然不合理」とし、弁護側が主張した情状面について「斟酌(しんしゃく)する理由はみじんもない」と述べた。

【関連写真特集】 光母子殺害事件、元少年に死刑判決

 最高裁は06年6月、高裁が認めた情状酌量理由を「死刑を回避するには不十分」として1、2審の無期懲役判決を破棄し、高裁に差し戻した。

 判決によると、元少年は99年4月14日、光市のアパートに住む会社員、本村洋さん(32)方に排水管検査を装って上がり込み、妻の弥生さん(当時23歳)を強姦目的で襲い、抵抗されたため手で首を絞めて殺害。泣き続ける長女夕夏ちゃん(同11カ月)を床にたたきつけた上、首にひもを巻き付けて絞殺した。

 元少年は差し戻し審の公判で、弥生さん殺害について「甘えたい気持ちで抱きつき、反撃され押さえつけたら動かなくなった」とし、夕夏ちゃんについて「泣きやまないので抱いてあやしていたら落とした。首を絞めた認識はない」と述べた。

 供述を変えた理由については、「自白調書は警察や検察に押し付けられ、1、2審は弁護人が無期懲役が妥当と判断して争ってくれなかった」とした。

 判決は「弁護人から捜査段階の調書を差し入れられ、『初めて真実と異なることが記載されているのに気づいた』とするが、ありえない」と、元少年の主張を退けた。

 また、弥生さんの殺害方法について元少年が「押し倒して逆手で首を押さえているうちに亡くなった」としたのに対しても、「不自然な体勢で圧迫死させるのは困難と考えられ、右手で首を押さえていたことを『(元少年が)感触さえ覚えていない』というのは不自然。到底信用できない」とした。夕夏ちゃん殺害についても、「供述は信用できない」と否定した。

 また、元少年が強姦行為について「弥生さんを生き返らせるため」としたことについて、「(荒唐無稽こうとうむけい)な発想であり、死体を前にしてこのようなことを思いつくとは疑わしい」と退けた。

 判決は、「身勝手かつ、自己中心的で、(被害者の)人格を無視した卑劣な犯行」と断じた。

 1、2審は殺害の計画性の無さや更生可能性を重視して無期懲役を選択。最高裁は強姦目的や殺害方法などの事実認定を「揺るぎない」と判断し、情状面からも「量刑は不当で、著しく正義に反する」として審理を差し戻した。

 事件当時、元少年は18歳30日。少年法は18歳未満の被告に死刑を科すことを禁じている。2審の無期懲役判決を差し戻した死刑求刑事件は戦後3例目だが、他の2件は死刑が確定している。【大沢瑞季、安部拓輝、川辺康広】

【特集】 光母子殺害事件 判決の注目点を整理
【関連記事】 光母子殺害:【本村洋さん会見詳細】<1>「裁判所の見解は極めて真っ当」
【関連記事】 光母子殺害事件 検察側の弁論要旨
【関連記事】 光母子殺害事件 弁護側の弁論要旨 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080422-00000006-maiall-soci


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身体の欠陥と精神:心身関係:Media Pointの精神的身体性:心身相関

テーマ:医学・病気

うつ病は私の周囲にも多い。実母がもう10年近くのうつ病である。おそらく、治らないだろう。
 うつ病は心の病ということで、原因をストレスに見るのだろうが、私は、意外に、身体の故障から精神的障害が生じることもあるのではないかと、逆説的なことを思うのである。
 先に簡単に触れたが、結局、Media Pointが根源であり、ここは、いわば、心と身体が一如である。精神的身体、霊的身体、魂的身体であり、これが基盤・基底となり、物質的身体、肉体が形成されると今は仮説している。
 この根源的な精神的身体は、心であり、且つ、身体である。また、心であり、同時に、身体ではないという即非態でもあろう★。(スピノザの心身平行論は、この精神的身体を仮説すると簡単に説明がつくだろう。スピノザは、この側面を考えなかったのである。)
 だから、当然、心に乱れが生じれば、それが、身体へ影響するのであり、身体に乱れがあれば、心にも影響を及ぼすと言えよう。うつ病の場合は、一般には、前者の場合であり、私がここで述べたいのは、後者である。
 ここで話を拡大して言うと、近代的自我=近代合理主義の狂気と私が言うところの精神のあり方であるが、それは、意外に身体の欠陥から発しているのではないのかと思ったりするのである。
 そう、なんらかのトラウマの可能性はあるが、それ以外に身体の問題がないのかという考え方はどうかということである。
 たとえば、ストレスがあるので、胃潰瘍になるという風に普通は考えられるが、私の作業仮説は、もともと、胃に問題があるので、ストレスの影響を受けやすいのではないのかということである。
 そう、心身相関である。肝臓の悪い人は、どこか精神に問題を抱えていないだろうか。肺臓の悪い人、膵臓の悪い人、心臓の悪い人、等々である。
 私が言いたいことは、結局、きわめて伝統的な心身観(東洋的身体観)に返ることになる。心臓が感情の身体であるというような考えである。肝臓が肝(きも)であり、肝っ玉(大胆さ)を宿すということである。
 この考え方は、Media Pointが精神的身体であるという視点から必然的に出てくるものである。後で精緻に考えたい。

★ここの心と身体の即非性は、直感で言っているので、少し分析が必要である。Media Pointにおける差異=イデアが、心を生み、また、身体を生み出す。これは、同時であるが、様相は異なるのではないだろうか。
 少し、測深想像考察してみよう。Media Pointにおいて、差異共振性と同一性志向性が発生する。後者はフッサールの志向性(ノエシス)と見ていいだろう。それが意識、純粋意識である。しかしながら、前者の差異共振性であるが、それは、いわば、無意識になるのである。そう、無意識であり、身体を形成すると思われる。そして、一般には、身体を物質的身体と捉えるのである。しかしながら、これは、実際は、イデア的身体(差異的身体、差異共振的身体、霊的身体、精神的身体、魂的身体)である。
 だから、この点では、心と身体とは、確かに、即非関係にある。もっとも、この心は同一性的心である。同一性知性である。しかし、精神的知性がありうる。それはどういうものだろうか。
 精神的知性とは、差異共振性=無意識の知性である。それは、また、身体に通じている。端的に言えば、差異共振性=無意識/身体である。だから、精神的知性と身体との関係は、この場合は、イコールではないが、一如であろう。そう、微妙な点がある。
 いったい、差異共振的知性=精神と身体とはどう関係するのか。何故なら、差異共振性も身体であるからである。極言すれば、身体的知性が精神である。この点においては、精神・即非・身体と言うことができる。
 ここでついでながら言うと、Media Pointのもつ差異共振性であるが、それは、超越光の精神的身体(差異共振的身体)と言えるだろう。同一性知覚(通常の視覚)の見る光とは、この超越光の精神的身体から少し洩れる超越光の光輪のようなものではないのか。D.H.ロレンスは光が背を向けていると言っていたが、正に、そうだろう。超越光の背中をわれわれは、現象界において、見ているに過ぎないのだろう。
 思うに、仏像の光背は、超越光を表現しているのだろう。後光とは、正に、裏返しの超越光から洩れるものだろう。
 
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うつ病治療、4人に1人が中断
 うつ病や関連の疾患で受診した経験がある人のうち、症状が治まっていないにもかかわらず、治療を中断するケースが少なくないことが、ファイザーの調査で分かった。精神医療の専門家は「患者が疾患を理解し、安心して治療に専念できる環境を創出できるよう、医師側の意識をさらに高めていく必要がある」と指摘している。(医療介護情報CBニュース)
[記事全文]


# うつ病の治療の基本 - 重症度の波。うつ病治療.com
# 心の風邪「うつ病」を休養と薬でゆっくり治そう - healthクリック
# 家族のための対応ガイド - NHK「うつサポート情報室 」

# 受診経験のある患者における受診行動調査 - ファイザー

# 20~30代で急増する「社内うつ」 - 日経BP(2006年3月24日)

# 心のケア - Yahoo!トピックス
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/depressive_disorders/
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