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2008年05月03日 (01:20)

共一性(双一性)と同一性の関係:共一性と同一性の能動的共振としてのイデア理性

先に、共一性(+1=光)から同一性(-1=影)への変換について述べたが、同一性は自己同一性=自我ということになるが、それは共一性を否定・抑圧・排除・隠蔽しているわけであるが、共一性が活性化され、また、それを自己認識するとはどういう力学なのだろう。
 否定された他者=差異-iを肯定するとは、どういうことなのか。スピノザ哲学の能動的観念の考え方を参考にして、考察してみたい。
 今は簡単に言うに留めるが、共一性において、他者=差異の苦・悲が生起すると、自己+iは、それを否定・抑圧して、(+i)*(+i)→-1となる。これが、自己同一性=自我である。疎外である。
 問題は、この自己同一性=自我がどうやって共一性を取り戻すのか、ということと考えられる。言い換えると、他者=差異をどうよって取り戻すのか、ということになる。
 苦・非となった共一性、あるいは、他者=差異であるが、自己認識するには、ここへ測深しないといけない。苦・非である他者=差異と直面することが必要である。これは苦しい、辛いことである。自己同一性=自我の優越性が否定されることになるからである。
 とまれ、自己の苦・悲にどうやって対面するのか。そう、端的に、他者=差異は苦・悲の発生源である。これにどう対処するのか。それまでは、同一性を形成して、苦・悲を隠蔽してきたが、この苦・悲に対面しなくてはならないのである。
 ここでスピノザの能動的観念の方法を考えるのである。これは、反感となった他者=差異を肯定へと転ずる知的方法である。言い換えると、肯定的観念を形成して、悲・苦・反感となった他者=差異性を克服する知的方法なのである。
 極く簡単の例をあげよう。例えば、「わたし」はどうしてこんなに苦しまなければならないのか。他の人は、楽しそうに生きているのに、「わたし」は収入も乏しいし、病気がちであるし、挫折がちである云々。逆スパイラルであるが、このままでは、苦・悲の様態のままで、ネガティブである。
 しかしながら、ここで、能動的観念の方法によって、この苦・悲に耐えれば、忍耐力もついて、いつかはよくなるだろうから、努力を続けようと考えるとしよう。これは、極く簡単な例であるが、それは、能動的観念である。
 つまり、苦・悲である他者=差異を能動的な観念(肯定的な知)によって、克服する方法がここにある。知性であることがここでは重要なのである。感情ではないのである。これは、いわば、一つの理念・観念である。しかし、この理念・観念知性は、同一性知性ではなく、他者=差異知性である。だから、同一性知性と他者=差異知性を区別する必要がある。
 例えば、水素と酸素が結合して、水になるという知は同一性知性であるが、この苦・悲である他者=差異を乗り越える能動的観念の知は、他者=差異知性である。ここで、私は、同一性知性に対して、この差異知性を叡智性、智性、理智性、叡理性、理性等と呼びたい。思うに、これは、イデアと関係するのである。だから、イデア知性ないしはイデア理性でいいのかもしれない。だから、観念知性、観念理性でもいいとなる。
 結局、苦・悲である他者=差異を能動・肯定・積極的に把捉する理性・知性の問題である。しかしながら、この理性・知性であるが、これは、同一性知性・同一性理性によって形成された知性・理性を活用して形成すると考えられるのである。
 これは、極めて重要なポイントである。整理すると、先ず、共一性(+1)が形成されるが、内的他者=差異において、苦・悲が生起する。自己(+i)はその他者=差異(-i)を否定して(+i)*-(-i)、自己同一性=自我(-1)を形成する。ここで、自己同一性=自我(-1)と抑圧排除された共一性 (+1)の自己分裂が生起している(近代主義における自己分裂性)。この分裂を乗り越えるには、苦・悲の他者=差異を肯定的に把捉する必要がある。それは、能動的観念(創造的観念・創造的イデア理性)によってもたらされると考えられる。そして、この能動的観念は、自己同一性=自我が形成する同一性知性を活用することによって形成されるのである。即ち、否定された他者=差異を新たに肯定する様式・方法によって、形成されると考えられる。つまり、(+i)* -(-i)⇒-1である自己同一性=自我を、(+i)*-[-(-i)]⇒+ 1に転換することである。これは、自己と他者=差異との新たな共振であると考えられる。原初の共一性に対して、第二の共一性、新共一性・再共一性、能動的共一性、等と呼べるものである。これは、同一性と差異との統合と呼べるものである。あるいは、自我と他者との統合であり、自己形成・自己認識である。
 以上は、スピノザの能動的観念の方法に倣ったものであるが、プラトニック・シナジー理論から見ると、キーポイントは、苦・悲である他者=差異が、自己同一性=自我とは不連続であること、ないしは、両者が即非様態であることを確認することである。
 不連続的差異論形成の時に述べたが、スピノザの能動的観念では、連続性と不連続性が不明確であるのである。つまり、スピノザのいう精神性(身体性ともつながるが)が同一性と不連続であるかどうか明確ではないのである。だから、精神性が純粋に他者=差異ではなくて、同一性の影響を被っている可能性があるのである。端的に、苦・非である他者=差異のもつ不連続性ないしは即非性を確認して、同一性と他者=差異との新たな共振・共一性を創造的に形成するのが基本なのである。
 とまれ、ここで図式的に整理しよう。

1)初期共一性:(+i)*(-i)⇒+1  

2)同一性:(+i)*-(-i)⇒-1

3)能動的共一性:(+i)*-[-(-i)]⇒+1

となる。  
 だから、3を能動理性ないしは創造理性と言ってもいいだろう。あるいは、イデア理性ないしはイデア知性である。ここにおいて、トランス・モダン理論が明確になるのである。【霊学的に言えば、悪魔である自我-1を天使+1へと変容させるのである。これは文化史的には、父権文化を変容包摂した新母権文化と言えよう。あるいは、西洋文明を変容包摂した新東洋文明と言えよう。経済的には、差異共振資本主義である。】
 付録として言うと、いわゆる、魂であるが、それは、Media Pointではないだろうか。イデア自体は共通するものであり、普遍的である。全一的であると思う。しかしながら、Media Pointにおいては、特異性があり、これが、魂を成しているのではないだろうか。「わたし」とは、Media Pointであろう。これが、輪廻の主体ではないだろうか。ウパニシャッド哲学的には、アートマンである。
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