--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008年08月10日 (10:28)

今日において、同一性主義の意味するもの:黙示録的現代とトランス・モダンとしてのポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明

今日、良識ある人に、差異ないしは感性が復活している。他方、反対側の人においては、同一性主義が過度となり、一種狂気状態になっていると考えられる。だから、いわば、黙示録的状況と言えるだろう。
 いったい、この、差異主義(正しく言えば、差異共鳴主義)と同一性主義との、黙示録的な、二極分化の意味は何であろうか。(当然、古いもの[モダン]の終焉と新しいもの[トランス・モダン]の始まりを意味しているのはわかるが、その点は既述済みである。)
 今日の同一性主義とは、近代が極まった状態において生じたものと考えられる。プロト・モダンはMedia Point から同一性志向性をもっていて、まだ、Media Point が開いていたと考えられる(イタリア・ルネサンスや初期プロテスタンティズム。日本では、明治維新や戦後初期)。
 このハイパー・モダンは、差異を完全に抑圧していて、いうならば、悪魔主義的なのである。あるいは、諸精神病的である。端的に、倒錯的である。シャドウ(影)に支配されているのである。
 そこには、同一性と差異が完全に分離してしまっているのである。そして、同一性は自己完結主義(自己中心主義)になっているのである。鏡像主義と言える。
 しかしながら、易(えき)にあるように、陽極まれば、陰に転ず、ということであるので、同一性の陽に対して、差異の陰が胎動している、乃至は、台頭し始めていると言えよう。この差異の陰の発動が、差異を否定・抑圧・排除している同一性主義の狂気の動因と考えられる。すなわち、抑圧していた差異の陰が鬱勃(うつぼつ)と発動しているのであるが、差異を否定意志で抑圧してきた同一性主義はもはや抑圧し切れなくなっていて、鬱勃とした差異のエネルギーが非合理主義的に衝動化(狂気化)して、同一性主義を突き動かすと考えられるのである。
 そう、私が言いたかったことは、この同一性主義と資本主義の関係である。とりわけ、サブプライムローンに見られる資本主義の様態との関係である。金儲けは、単純に言えば、同一性主義である。そこでは、交換価値の追求が中心である。この同一性価値(貨幣価値)の追求は、差異を排除した、二項対立的なものである。この排除される差異とは、多様であるが、端的に言えば、他者である。他者が排除されているのである。(そして、これは、新自由主義にもあてはまる。市場原理主義という同一性主義が、社会保障等という差異を排除したのである。)
 同一性主義は、徹底して、同一性価値(貨幣価値)を追求し、金融工学を介して、サブプライムローン・「バブル」へと倒錯したと言えよう。同一性主義は、この場合、新自由主義と重なると見るべきであろう。
 ここで、上述の同一性主義の狂気を考えてみるのである。つまり、ハイパーな同一性主義が生じているのであり、それとサブプライムローン問題が重なっているのではないのか。あるいは、日本では、小泉似非構造改革路線であったのであり、今では、継続する官僚支配体制である。
 端的に、今日の政治・経済・社会的狂気は、精神経済概念的には、この病理的な同一性主義に存すると言えよう。抑圧された差異が反転して、同一性主義を狂気へと駆り立てていると考えられるのである。他方、差異を認識した人たちは、差異共鳴志向をもっている。一方の狂気と他方の正気があるのである。
 だから、同一性狂気と差異正気が並存しているのが、現代社会である。不思議な世界と言える。狂気が狂気を正気と見なし、正気を狂気と見ているのである。これが、一般的な社会的状況となっているので、正に、黙示録的である。
 とまれ、明確に言えることは、同一性主義には未来はないことである。何故ならば、同一性主義には、エネルギーが枯渇しているからであり、創造性・想像力がないからである。差異にこそ、エネルギーがあり、創造性・想像力があるのである。
 この黙示録的事態とは、トランス・モダン的事態と言えるだろう。これは、これまで述べてきたように、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明を意味していると考えられるのである。何故なら、これまで論述したように、ユダヤ/キリスト教のヤハウェが同一性主義の根本原理であると考えられるからである。ヤハウェ支配は今や破綻ないしは瓦解したのである。そう、端的に、ヤハウェの死である。
 差異共振神が今や復活するのである。それは、新多神である。新しい神々である。とまれ、それは、科学的には、差異共振エネルギーである。新たにMedia Point は開かれて、差異=陰へとエネルギーが発動していると考えられるのである。
 新たな1/4回転であろう。すなわち、新たにMedia Pointが「開闢」し、虚軸=イデア界=五次元が新生しているのである。

P.S. 先に、精神経済学を作業仮説したが、思うに、差異と同一性の理念に基づく哲学経済学が可能である。そう、哲学政治学、哲学社会学、哲学科学、哲学宗教学、哲学芸術学、哲学文芸学、等々可能となるだろう。とまれ、とりわけ、哲学経済学ないしは哲学政治経済学が重要である。PS理論的経済学、PS理論的政治経済学である。PS理論的科学である。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

サイト管理者にのみ通知する

トラックバックURL

http://sophio.blog19.fc2.com/tb.php/961-29822432
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

Appendix


ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。