2006年01月09日 (02:15)
Pensees on 08/jan/06
1) 共観福音書とヨハネ福音書:前者が、改竄されたものであり、後者が、プラトン/グノーシス主義の覚智者イエスを伝えているだろう。初めにロゴスありき。ロゴス=イデア=ソフィア(叡知)である。
2) 田舎で、東の夜空にかかるオリオン座やその周辺の星を観る。なにか、宇宙は渦巻いているように思えた。cf. ゴッホの糸杉の絵。星月夜等。
http://www48.tok2.com/home/nekoMusa/gogh4.html
http://stephan.mods.jp/kabegami/kako/StarryNight/1280.html#kab_1
3)大宇宙はフラクタルの形態をしているのではないか。イデア界は、ケルト十字のようではないだろうか。ガウス平面上の回転・円運動。そして、メディア界で、渦巻が発生する。いわば、入れ子状に渦巻が発生するのではないか。イデア・メディア境界で、「渦巻」が発生する。これが大宇宙の「渦巻」で、これが、入れ子状に展開されるのではないか。大宇宙「渦巻」、星雲、銀河、太陽系、台風、渦潮(cf.アメノウズメノミコ)、つむじ、指紋等。
4) なぜ、創造神話において、何故、水と空気(霊)の結合が説かれるのか。cf.対極性。
5)近代主義(近代的自我主義、近代的合理主義、唯物論)とは悪、大悪であった。これが、現代の日本の病巣である。父権部族主義的近代主義である。これが、日本の体制となり、日本人本来の多元論的美質を破壊しているのである。日本人の個を集団主義に洗脳しているのである。
6) ウェブログは、日本人の否定された「多神教」性を復活させるだろう。これは、日本の復活である。
7) 近代的学問体系の完全な崩壊が起きている。ポスト・モダンの創造的学問体系がうまれつつあるだろう。
8) 今や、世界は、ポスト西洋文明、ポスト一神教に転換しているのに対して、日本は、旧態依然として、西洋文明、一神教、国家ナショナリズムで動いている。致命的な認知ミスである。
9) 近代主義は、主客二元論の知識主義であり、これは、自己中心主義である。日本の知識人は、典型的である。
10) 近代的知識主義に取って代わる、ポスト・モダンの超越論的認識主義が必須である。これまでの近代的学問はすべて崩壊する。近代的学問・知識人の「産業廃棄物」が生じる。
11) 結局、ポスト・モダン、ポスト近代とは、単に、近代の後の時代という意味ではなくて、近代の超克・止揚・揚棄である。これは、西洋文明の終焉ということである。
12) 西洋近代主義によって否定された、世界の先住民文化が復活するだろうし、そこに多元主義の発芽があるだろう。
13)ポスト西洋文明の人文系的先駆として、ブレイク、シュティルナー、キルケゴール、ドストエフスキーがあげられ、決定的契機として、ニーチェ、D.H.ロレンス、フッサールがあげられるだろう。フランス現代思想は、この系譜を、混沌としながら、継続したものと考えることができる。
14) 資本主義は、連続主義から、不連続的差異主義へと転換する。
15) 日本の復活は、個々が、自律することから生まれるだろう。ブログは、個のメディアである。
16) 結局、人類の復活は、個々の覚醒に拠るのである。イエスが本来説いたものは、個の覚醒であり、ブッダ・釈迦の叡知・覚智と等価である。万教帰一。
17) イスラム教とは何か。スピノザ哲学に似ていると言われる(今村仁司氏)。イスラム教は、後一歩で、多元主義になるだろう。不連続的差異論の先駆の一つにイスラム教をあげてもいいのではないか。
18) 教会というものは破壊されなくてはならないだろう。これは、集団的洗脳機構である。個々の教会関係者を否定するのではなくて、教会という機構の否定である。生臭坊主より、はるかに誠実な牧師さんはいるのである。
19)太陽の意味、月の意味、宇宙の意味を考え直すこと。太陽や惑星は、思うに、イデア界の象徴であるように思える。つまり、ガウス平面=イデア界の1/4回転が、太陽や惑星の根源であるように思える。つまり、差異のゼロ化(空化)によって、差異が凝縮して、エネルギーが発生するように思えるのである。この差異の凝縮の核心が太陽・恒星ではないだろうか。つまり、(0,0,0)が、太陽・恒星の原点ではないか。惑星や衛星は、太陽・恒星の痕跡ではないのか。つまり、太陽・恒星とは、差異の1/4回転による原点化であるが、惑星や衛星は、原点化以前の差異に関係しているのではないか。換言すると、多元的不連続的差異の凝縮化が、太陽・恒星であるのに対して、諸惑星・衛星とは、根源的不連続的差異の5次元性のメディア界化ではないか。この5次元性が、プラトン立体と関係し、また、ケプラーの惑星論に通じるのではないだろうか。マイナス軸を考えると、10次元と1次元の11次元である。(思うに、+5次元と−5次元の両極化の1次元で、11次元となる。しかし、この総体次元があるように考えられるので、結局、12次元となるのではないだろうか。12という数は重要である。時間の数である。)思うに、このイデア界の次元数が、惑星や衛星と関係するのではないのか。イデア界の次元数が惑星・衛星を発生させるのではないか。結局、そうすると、太陽・恒星と惑星・衛星は、等価となるだろう。差異の連続・原点化が太陽・恒星であり、差異の次元数の連続化が、惑星・衛星ということになるのではないか。
2) 田舎で、東の夜空にかかるオリオン座やその周辺の星を観る。なにか、宇宙は渦巻いているように思えた。cf. ゴッホの糸杉の絵。星月夜等。
http://www48.tok2.com/home/nekoMusa/gogh4.html
http://stephan.mods.jp/kabegami/kako/StarryNight/1280.html#kab_1
3)大宇宙はフラクタルの形態をしているのではないか。イデア界は、ケルト十字のようではないだろうか。ガウス平面上の回転・円運動。そして、メディア界で、渦巻が発生する。いわば、入れ子状に渦巻が発生するのではないか。イデア・メディア境界で、「渦巻」が発生する。これが大宇宙の「渦巻」で、これが、入れ子状に展開されるのではないか。大宇宙「渦巻」、星雲、銀河、太陽系、台風、渦潮(cf.アメノウズメノミコ)、つむじ、指紋等。
4) なぜ、創造神話において、何故、水と空気(霊)の結合が説かれるのか。cf.対極性。
5)近代主義(近代的自我主義、近代的合理主義、唯物論)とは悪、大悪であった。これが、現代の日本の病巣である。父権部族主義的近代主義である。これが、日本の体制となり、日本人本来の多元論的美質を破壊しているのである。日本人の個を集団主義に洗脳しているのである。
6) ウェブログは、日本人の否定された「多神教」性を復活させるだろう。これは、日本の復活である。
7) 近代的学問体系の完全な崩壊が起きている。ポスト・モダンの創造的学問体系がうまれつつあるだろう。
8) 今や、世界は、ポスト西洋文明、ポスト一神教に転換しているのに対して、日本は、旧態依然として、西洋文明、一神教、国家ナショナリズムで動いている。致命的な認知ミスである。
9) 近代主義は、主客二元論の知識主義であり、これは、自己中心主義である。日本の知識人は、典型的である。
10) 近代的知識主義に取って代わる、ポスト・モダンの超越論的認識主義が必須である。これまでの近代的学問はすべて崩壊する。近代的学問・知識人の「産業廃棄物」が生じる。
11) 結局、ポスト・モダン、ポスト近代とは、単に、近代の後の時代という意味ではなくて、近代の超克・止揚・揚棄である。これは、西洋文明の終焉ということである。
12) 西洋近代主義によって否定された、世界の先住民文化が復活するだろうし、そこに多元主義の発芽があるだろう。
13)ポスト西洋文明の人文系的先駆として、ブレイク、シュティルナー、キルケゴール、ドストエフスキーがあげられ、決定的契機として、ニーチェ、D.H.ロレンス、フッサールがあげられるだろう。フランス現代思想は、この系譜を、混沌としながら、継続したものと考えることができる。
14) 資本主義は、連続主義から、不連続的差異主義へと転換する。
15) 日本の復活は、個々が、自律することから生まれるだろう。ブログは、個のメディアである。
16) 結局、人類の復活は、個々の覚醒に拠るのである。イエスが本来説いたものは、個の覚醒であり、ブッダ・釈迦の叡知・覚智と等価である。万教帰一。
17) イスラム教とは何か。スピノザ哲学に似ていると言われる(今村仁司氏)。イスラム教は、後一歩で、多元主義になるだろう。不連続的差異論の先駆の一つにイスラム教をあげてもいいのではないか。
18) 教会というものは破壊されなくてはならないだろう。これは、集団的洗脳機構である。個々の教会関係者を否定するのではなくて、教会という機構の否定である。生臭坊主より、はるかに誠実な牧師さんはいるのである。
19)太陽の意味、月の意味、宇宙の意味を考え直すこと。太陽や惑星は、思うに、イデア界の象徴であるように思える。つまり、ガウス平面=イデア界の1/4回転が、太陽や惑星の根源であるように思える。つまり、差異のゼロ化(空化)によって、差異が凝縮して、エネルギーが発生するように思えるのである。この差異の凝縮の核心が太陽・恒星ではないだろうか。つまり、(0,0,0)が、太陽・恒星の原点ではないか。惑星や衛星は、太陽・恒星の痕跡ではないのか。つまり、太陽・恒星とは、差異の1/4回転による原点化であるが、惑星や衛星は、原点化以前の差異に関係しているのではないか。換言すると、多元的不連続的差異の凝縮化が、太陽・恒星であるのに対して、諸惑星・衛星とは、根源的不連続的差異の5次元性のメディア界化ではないか。この5次元性が、プラトン立体と関係し、また、ケプラーの惑星論に通じるのではないだろうか。マイナス軸を考えると、10次元と1次元の11次元である。(思うに、+5次元と−5次元の両極化の1次元で、11次元となる。しかし、この総体次元があるように考えられるので、結局、12次元となるのではないだろうか。12という数は重要である。時間の数である。)思うに、このイデア界の次元数が、惑星や衛星と関係するのではないのか。イデア界の次元数が惑星・衛星を発生させるのではないか。結局、そうすると、太陽・恒星と惑星・衛星は、等価となるだろう。差異の連続・原点化が太陽・恒星であり、差異の次元数の連続化が、惑星・衛星ということになるのではないか。
